更新日: 2019.01.11 その他暮らし

米の新品種がぞくぞく登場! “米の戦国時代”がやって来た!

執筆者 : 毛利菁子

米の新品種がぞくぞく登場! “米の戦国時代”がやって来た!
ここ数年、米の新品種が次々に登場しています。今や、道府県が真剣勝負をする“米の戦国時代”の様相を呈しています。テレビからは新顔の米のコマーシャルが流れ、全国紙にも今年デビューした米の広告が掲載される時代になっているのです。

かつて米が貴重で、品種などあまり気にせず食べていた時代を知る世代にとっては、考えられなかったことです。米はどのような戦後の歴史をたどり、昨今の新品種登場ラッシュを迎えたのでしょうか。

毛利菁子

Text:毛利菁子(もうり せいこ)

農業・食育ライター

宮城県の穀倉地帯で生まれ育った。
北海道から九州までの米作・畑作・野菜・果樹農家を訪問して、営農情報誌などに多数執筆。市場や小売り、研究の現場にも足を運び、農業の今を取材。主婦として生協に関わり、生協ごとの農産物の基準や産地にも詳しい。大人の食育、大学生の食育に関する執筆も多数。

終戦直後に求められたのは、とにかく収穫量が多い品種

太平洋戦争のさなか、日本は飢えていました。1945年に終戦を迎えたあとの数年間は、戦時中よりも飢えていたといわれます。食糧不足で配給は滞り、「ヤミ物資は買わない」という順法精神を貫いた判事さんが餓死したのは、この頃です。そうした状況の中、国が最優先した施策は食糧増産(主に米)でした。
 
戦中の1942年に制定された「食糧管理法」をもとに、とにかく農家を主食生産に集中させ、生産量を増やすことが急務だったのです。国民に、等しく米を行きわたらせることで、社会を安定させる必要がありました。そんな「米の大増産時代」に求められたのは、とにかく安定して多く収穫できる品種です。味や質は二の次、三の次です。
 
米は原則、国が保有米(自家用米)を除く全量を買い上げ、それよりも安い価格で国民に米を売るという「逆ザヤ」の時代がやってきます。もちろん、米価の赤字補填は税金でした。国に買い上げられた政府米は、「標準米」、「徳用米」などの名称で流通し、米の品種や生産地は消費者にはまったく分かりませんでした。飢えた記憶がまだ残る時代には、米が手に入り、食べられるだけで有りがたかったのです。
 
農家は、作った米は政府に確実に買い上げてもらえるために、陽当たりの良くない谷戸なども開墾して米を増産し、収入増に励みます。今、東北自動車道を北上すると栃木県や福島県の谷あいに耕作放棄された小さな棚田をいくつも見かけます。水田に向かない場所にあるそれらの元田んぼは、その時代の遺物といえます。
 

米余りの時代になると、米においしさが求められる

国が米を買い上げる制度は食糧不足打開には成功しましたが、農家の「質の良い米を作ろう」という意欲をそいだという側面は否定できません。努力しようがしまいが、同じ買い上げ価格だったからです。この制度は、良質で旨い米を作ろうという意欲のある農家にとっては、ちょっと納得できない面もある制度でした。1969年には、自主流通米の名前で品種名や地域をアピールした高価格帯の米が初めて出回ります。
 
1970年代に入ると国民は豊かになって食は多様化し、1人あたりの米の消費量は減っていきます。口が肥えた人が増えてくれば、当然「米だっておいしくなくちゃ」ということになり、価格の高い自主流通米を求める人が増えていきます。やがて米(政府米)は余って、国の倉庫には古米どころか古古米、古古古米が増え、社会問題化していきます。一転、国は米の生産量を抑える減反政策を推し進めることになります。
 
時代は、収量よりも食味重視の米作りにシフトしていきます。1970年代終盤には、コシヒカリやササニシキなどの食味の良い品種の作付面積が8割に達したといわれます。国や都道府県の農業試験場などは、その地域の気候に合った、もっとおいしく、もっと作りやすい(倒れにくい、病害虫に強い)品種の開発に注力します。その結果、1980年代の終わり頃から、ヒノヒカリやあきたこまち、ひとめぼれなど現在も栽培されている品種が登場します。
 
これらはすべて、食味が良好なコシヒカリの遺伝子を受け継いだ品種です。1995年には、戦中・戦後の米の安定供給を担ってきた食糧管理法は、時代にそぐわない法律として廃止されます。
 

続々登場する新品種。キーワードは「おいしさ」と「品質へのこだわり」

今、消費者にとって「米は味が第一」という時代になりつつあります。それに応えるように、この秋には岩手県から「金色の風」、新潟県から「新之介」、石川県からは「ひゃくまん穀」などの良食味米が本格デビューしました。
 
2018年には、東北は山形県から「雪若丸」、宮城県から「だて正夢」、そして北陸の福井県から「いちほまれ」、富山県から「富富富」が本格デビューします。東北と北陸の米どころが“対決”する、熱い産地間競争が繰り広げられることになることでしょう。
 
紹介した新顔の米はいずれも、各県が5年から10年程度の歳月を掛けて育成し、満を持して投入したプレミアム米です。例えば、朝日新聞10月30日の夕刊に掲載された「金色の風」の広告では、こんな“自己紹介”をしています。「全国最高水準のお米」で、「これまでの常識を打ち破る“ふわりとした食感”と“豊かな甘み”が特長」だと。なるほど、味で勝負のご時世なのだなと思わされます。
 
数年前から、テレビでは秋になるとマツコ・デラックスさんの「ゆめぴりか」(2011年に本格デビュー)のCMが流れてきます。地方に行ってテレビを付けたら、その県の新顔米のCMが流れてきて驚いたことが何度かあります。白いご飯が食べられるだけでありがたかった頃を(少しだけ)知る者にとっては、しみじみと、時代は変わったと感じます。
 
さて、これらの新顔の米は、その品種の米であるということだけで名乗ることはできません。玄米タンパク含有量などの厳しい品質基準をクリアした米だけが、名乗ることを許されます。そして、この“米の戦国時代”を勝ち抜くために、各県の知事自らがトップセールスに力を入れるのです。
 
機会があれば、皆さんも新顔の米を味わってみてはいかがでしょうか。「米ごとに個性がある」と、私は思っています。さて、米の戦国時代を勝ち抜き、コシヒカリのように何年経っても愛されるのはどの品種になるのでしょうか。気になるところです。
 
米の歴史をたどれば、その時代、時代の暮らしや社会の一面が見えてきます。米離れの時代といわれて久しいですが、皆さまがこれからの米の行方に少しでも興味を持っていただけるとうれしいです。
補足:新顔米はどれも、地球温暖化による高温に強いという特性を持っています。
 
Text:毛利 菁子(もうり せいこ)
宮城県の穀倉地帯で生まれ育った農業・食育ライター。