遺言状どおりにはいかない!? 増える「遺留分」を無視した遺言から、遺留分をどう取り戻す?
配信日: 2022.07.07
代表的な例は、「遺産全額を特定の相続人にすべて譲る」という内容の遺言状です。特に法定相続人が複数いる場合は、1人だけにすべてを譲る、という内容の遺言状は問題となります。
増える相続を巡るトラブル
親子関係が悪い、兄弟姉妹同士の仲が悪い、といった家庭で相続が発生すると、トラブルに発展しがちです。
特に親の相続財産が、土地と住宅が中心で金融資産が少ない場合や、特定の子どもと親との関係が悪い場合などに、トラブルになりやすい傾向にあります。土地と住宅は共有しづらいため、例えば同居していた長男に全部譲ると、金融資産が少ないため、ほかの子どもたちの相続額が少額になります。
それでも、長男夫婦には一緒に住み世話になったために、「土地と住宅は長男に譲る」という遺言状を書くことがあるかもしれません。親の遺志を伝える意味でも、遺言状を残しておくことが善意だと考えるためです。
さらに、遺言状を書こうとする動機は、世話になった子どもだけに財産を譲りたいと考えた場合や、家を出ていき勘当同然の子には財産は絶対相続させたくないと考える場合、子どもたちには内緒だが認知した婚外子がおり、この子にも相続させたい場合、などが考えられます。
ここで注意したいのは、法定相続人が複数いる場合は、彼らは、遺言状に関係なく最低限受け取れる相続財産があることです。
そのため、特定の相続人に「すべての財産を譲る」といった内容の遺言状は、すべてが有効にはなりません。遺言状は故人の遺志として尊重されますが、すべてがそのとおりにはならないのです。
「遺留分」の存在 遺言状は万能でない
実際に遺言状を書くと考えている方の中には、遺言状の形式さえ規定どおりに書いておけば、すべて本人の意思が尊重され、遺言状どおりに事が運ぶ、と考えている方も多いかもしれません。トラブルを軽減するために自分の意思を形に残しておきたい、という発想は正しいのですが、遺言状の内容がすべてそのとおりになるとは限りません。
それは相続人の間でも誤解している方が多く、後で問題になります。例えば、故人の遺志だから長男がすべてを相続することに、長男本人だけでなく、ほかの兄弟なども「そうなら仕方がない」と納得してしまうケースも、実際にあるからです。
しかし遺言状があったとしても、すべてがそのとおりではありません。それは、法定相続人であれば、ほかの事情がどうであっても、「遺留分」という最低限の権利が認められているためです。これは、法定相続分の2分の1に当たる財産分で、この遺留分は正当に相続できる権利となっています。
遺言状を残そうとする際、どうしても自分が希望するとおりに遺産を配分したい、という心理が働き、遺留分について気に留めないということが起こり得ます。遺留分について十分な知識を持たず、感情を優先してしまうことがあるのです。
実際の遺言状でも、遺留分を無視した内容のものが多数ありますが、それでも遺言状としては認められます。特に正式な「公正証書遺言」の作成をサポートする公証人のアドバイスがあったとしても、遺留分を侵害した遺言状を作成する方もいらっしゃいます。
相続人同士のトラブルを防ぐ意味でも、遺留分を侵害しない内容の遺言状を作成することを心掛けたいものです。
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侵害された遺留分を取り戻す
遺言状の内容を信じて相続が行われた後に、遺留分が侵害されたことに気づいた際は、それを取り戻す作業をしなければなりません。
遺言状の内容どおりに相続し、遺留分が侵害されていることに気づかずに放置していると、その相続自体が成立したと見なされます。そのため、相続が行われた時点から10年以内で、かつ遺留分の侵害に気づいてから1年以内に、権利の請求をする必要があります。いったん相続が行われていると、この請求をしない限り、遺留分は戻ってきません。
遺留分の侵害がある際に解決する方法は、まず相続人の当事者同士で話し合うことです。侵害された相続人がほかにもいれば、共同して有利な配分を受けた相続人に対して、侵害の事実を伝え、遺留分を返還してもらう請求をします。
ここで相手が納得すれば、遺留分に相当する資産を受け取ることになります。しかし有利な相続をしている相続人は、遺留分の支払いに納得していないこともあり、その場合は裁判所などの裁定になります。
まずは家庭裁判所に調停を依頼し、その調停案に関係者が納得すれば、その線に沿って解決が図られます。それでも納得しない人がいると、次の段階は地方裁判所での訴訟となり、判決に従って解決します。その際、遺留分を請求する人は、侵害されていると思われる財産内容を、できるだけ明らかにしておくことが大切です。
遺留分の支払いは原則金銭で
遺留分は法定相続分の2分の1です。故人(被相続人)からみた相続人のうち、配偶者、子ども、親については、この遺留分が権利として認められています。しかし故人の兄弟については、遺留分がありません。
また、侵害された遺留分についての支払いは、原則金銭です。これは、相続財産のうち、土地と建物といった分割しにくい不動産の割合が、圧倒的に多いためです。誰か1人がこれを相続していると、遺留分の請求に対して、土地や建物を分割することもできず、さらに相続人全員の共有名義にすることも現実的でないからです。そのため、土地や建物を1人で相続すると、ほかの相続人に対して、金銭的に補償する必要が出てきます。
支払い能力があれば、問題はありません。故人の配偶者もすでに亡くなり、兄弟姉妹だけでの相続の場合は、不動産を1人で相続した相続人に支払い能力がないと、これら不動産は売却して現金化、ほかの金融資産と合算の上、法定相続に沿った遺産分割をするのが現実的かもしれません。
執筆者:黒木達也
経済ジャーナリスト
監修:中嶋正廣
行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引士、資格保有者。