更新日: 2022.06.16 セカンドライフ

認知症に備える資産管理方法に変化が。家族信託や金融機関の代理人制度って?

認知症に備える資産管理方法に変化が。家族信託や金融機関の代理人制度って?
認知症と診断されると、原則その方の資産は凍結されます。
 
金融機関と取引するには、新たに成年後見人を選定する、あるいは発症前に家族と信託契約を結んでおく、といった対応がこれまで取られてきました。
 
しかし、認知症の方を持つ家族にとっては、かなり使いづらい仕組みです。金融機関の対応にも変化がみられますが、まだ対応が十分とはいえません。
黒木達也

執筆者:黒木達也(くろき たつや)

経済ジャーナリスト

大手新聞社出版局勤務を経て現職。

中嶋正廣

監修:中嶋正廣(なかじま まさひろ)

行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引士、資格保有者。

長野県松本市在住。

「成年後見人」は使いづらい制度

認知症と診断されている65歳以上の高齢者は、2019年時点で約600万人を超えたと推計され、これは高齢者人口の20%近くです。
 
今後さらに人数は増えると予想され、大きな社会問題になっています。一方で、65歳以上の高齢者が保有する金融資産額が多いことも推察されています。
 
もしも高齢者が認知症と診断された場合、預金の引き出しをはじめ、不動産の売買契約などの経済行為ができなくなります。
 
本人に代わってこれらを行うには、これまでは「成年後見制度」を利用し、選任された後見人に代行してもらうのが一般的でした。金融機関でもこの制度の利用を前提に対応してきました。
 
成年後見人を選任するには、家庭裁判所に申請し、裁判所に選任された人が、預金の引き出しや株式の売買などを代行します。
 
しかし、実際には制度自体が使い勝手が悪く、定着しているとはいえません。
利用が少ない主な理由は
 

(1)家庭裁判所が後見人を選定するため、家族以外の弁護士・司法書士など専門家が選ばれることが多い
(2)認知症の方の利益保全を優先するため、家族の意向があっても預金の引き出しなどが自由にできない
(3)保有資産に応じて報酬(月に2~5万円程度)を生涯支払う
(4)選任された後見人を家族が勝手に解任できない

 
といった問題点があるためです。 
 
こうした理由から、実際にこの制度の利用者も多くはありません。
 
少なくとも、家族または親族間で合意を得た人を、後見人に選任できるようになれば、預金の引き出しがより自由になり、制度としても定着する可能性があります。
 

「家族信託」は利用価値はあるが注意点も

成年後見制度に比べ「家族信託」は、比較的利用しやすい仕組みです。
 
この制度は、認知症と診断される以前に、例えば父(委託者)と息子(受託者)が信託契約を結び、もし父親が認知症を発症した場合、息子が代わって金融機関との取引など、経済行為を実行できる仕組みです。
 
信頼できる家族に財産の管理全般を委託する仕組みで、成年後見人制度のような使い勝手の悪さはないでしょう。
 
事前に契約を結んでおけば、委託者である父が認知症になると、受託者である息子が生活費などを預金から引き出すことが可能です。
 
しかし父と息子が、2人でメモを取り交わすだけでは効力が生まれません。実際には、公正証書などの正式な契約書作成が必要で、専門家に支払う費用もかかります。
 
ただ、初期段階の費用はかかるものの、それでも成年後見制度のように、長期にわたって報酬を支払い続けることはありません。
 
この家族信託の注意点は、2点あります。
 
まず1点目は、家族信託は認知症と分かった時点では、契約できないことです。
 
そのため資産があるにもかかわらず「私は絶対に認知症にならない」と信じて、家族信託契約をしないという選択は、避けるべきです。
 
誰もが認知症になることを前提に、なるべく早く準備し、家族間で契約を交わすことが大切です。
 
もう2点目が、契約の進め方によっては、家族間のトラブルが生まれることです。
 
家族信託は1対1の契約のため、子どもが複数いる親は、そのうちの1人と契約します。受託者の権限は絶大で、預金の引き出しなども、契約を交わした1人の子どもの判断で実行できます。
 
ほかの子どもに知らせないで契約を結ぶと、知らなかった子どもたちからクレームも出るかもしれません。特に子ども同士の仲が悪い場合は、トラブルが起きやすいといえるでしょう。
 
親族を含めた関係者には、誰と家族信託契約を結んでいるかをはっきりと伝え、トラブルを未然に防ぐ努力が欠かせません。
 

金融機関は代理人制度などで対応

これまで消極的だった金融機関にも、ここ数年の間に変化がみられます。認知症になる方が急増するにつれ、窓口での対応が、「預金の引き出しはできません」「株式の売買はできません」では済まなくなってきているからです。
 
これまでは、成年後見人制度の利用を推奨してきましたが、金融機関に薦められても二の足を踏む人や、経済的負担によりできない人も多く、家族の不満が金融機関に寄せられてきました。
 
銀行や証券会社、さらに保険会社でも、これまでとは違った対応が進んでいます。
 
それぞれの金融機関により差はありますが、認知症の方を抱える家族の要望を無視できない事情があります。「成年後見人を付けてください!」という一方的姿勢では、家族からすれば、時間と費用がかかり、なおかつ使い勝手も悪いこともはっきりしているからです。
 
そのため、多くの金融機関が導入しているのが、家族による「代理人制度」の活用です。
 
代理人の登録方法や時期は、金融機関によって差があり、名称や仕組みも異なります。家族信託契約が前提の場合もあります。
 
基本は「代理人」として登録された家族であれば、多少の制限があっても、預金の引き出し、株式・投資信託の売買、保険金の請求など、経済行為ができることです。
 
代理人を登録することで、家族間のトラブルが金融機関に持ち込まれるケースも少なくなり、これまでの大きなネックも解消されています。
 
ただし、不動産取引に関しては、代理人制度の導入はあまり進んでいません。
 
もしも、認知症になってしまった方が所有する土地や建物を売却する際には、成年後見人の選定を求められます。不動産を保有する方は、家族信託契約を結んでおく必要があります。
 
今後、確実に認知症の方は増えるため、金融機関には実情に合わせた対応が求められます。
 
高齢の親がいる方も、親が取引している金融機関の代理人制度の内容を早期に確認し、金融機関の仕組みに沿って代理人登録をしておくことをお勧めします。そうすれば、使い勝手の悪い成年後見人制度を利用せずに、安心して預金の引き出しなどの行動ができるからです。 
 

出典

厚生労働省老健局 認知症施策の総合的な推進について(参考資料) 令和元年6月20日
 
執筆者:黒木達也
経済ジャーナリスト
 
監修:中嶋正廣
行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引士、資格保有者。

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