更新日: 2019.02.05 インタビュー
エキスパートに聞く「仕事とお金の話」⑭
日本におけるスポーツの価値を高め、多くの人に素晴らしさを伝える。スポーツ通訳・翻訳者の仕事
Interview Guest : 中曽根俊(スポーツ通訳・翻訳者)
Interview Guest
1964年生まれ。1987年ウェストヴァージニア大学卒業。近畿日本ツーリスト株式会社、株式会社矢野経済研究所、海外のホテル勤務などを経て、1993年よりフリーランスの通訳・翻訳者として、NHK衛星スポーツでのアメリカ3大スポーツ中継番組やCNNワールドスポーツでの翻訳・ボイスオーバーなどに携わる。千葉ロッテマリーンズ球団でボビー・バレンタイン監督専属通訳、WBCでのインタビュー通訳、プロ野球オールスターゲームのオフィシャル通訳など多方面で活躍中。
目次
好きなスポーツを追いかけていられる夢のような仕事
——通訳・翻訳者になるまでの経緯を教えてください。
もともと英語が得意だったので、高校3年生の時に他の分野に進むよりはいいだろうという程度の気持ちでアメリカの大学に留学しました。卒業後は、日本の旅行会社に就職しましたが、ある時、ミクロネシア連邦のポナぺ島にあるホテルで働く機会を得て、再び海外へ移住。
そこで通訳コーディネーターとして日本人のお客さまのサポートをしていました。この時初めて通訳という仕事を経験したことになります。そろそろ帰国して日本で働きたいと思っていたところ、旅行会社時代の元同僚がNHK衛星放送の大リーグの中継の翻訳・通訳をやっていることを知り、「すごく羨ましいな」と思って空きがないか聞いてもらい、たまたま仕事をいただくことができました。スポーツはすごく好きだったので、ずっとスポーツを観ていられるし、英語が活かせるということで、夢のような仕事だなと思いました。
その仕事を続けるうちに、横のつながりができて別の現場の仕事も任されるようになりました。男性の通訳が少ないということもあり、声をかけていただく機会が多かったんです。ちょうど、アメリカのメジャーリーグに注目が集まり出した時期で、WBCや日米野球など通訳・翻訳のニーズが増えたタイミングでもあってラッキーだったと思いますね。
——2004年〜2009年は千葉ロッテマリーンズで、ボビー・バレンタイン監督の専属通訳をされていました。専属通訳を任された経緯を教えていただけますか?
2000年のメッツとカブスの開幕戦で、チーム付きの通訳をやりました。当時のメッツの監督がボビー・バレンタイン監督だったんです。それ以降も監督が小学生を対象にしたスポーツイベントのために来日する時などに、通訳をやらせていただき、お付き合いが続いていました。そのご縁があったので、千葉ロッテマリーンズの監督に就任する時にも声をかけていただいたんです。
——スポーツ通訳・翻訳の仕事の面白さを教えてください。
好きなスポーツをずっと追いかけていられることです。アメリカではスポーツが文化のひとつとして尊重されていて、携わる人も競技のレベルを高めていこうとする意識が高く、観客もそれを見守ることに誇りをもっています。そのような良いスパイラルの中で、ときには考えられないスパープレーが生まれる。そこに一緒に参加し、感動を分けてもらえることが醍醐味ですね。また、イチロー選手をはじめとした、日本人選手がそのような世界に入り込んで活躍する姿を、リアルタイムに伝える役割を担えていることにやりがいを感じています。
知らないことを追い求める姿勢が、いい通訳・翻訳につながる
——仕事をする上で大切にしていること、心がけていることを教えてください。
通訳をする時にその人らしさを失わないように伝えることを意識しています。監督が選手に話す言葉には、威厳が必要な場面もあれば、ザックバランに話す場面もあります。その場面場面で相応しい話し方や言葉を選び、相手が意図を汲み取りやすいように工夫をすることは欠かせないと思います。できるだけ漏れなく分かってもらいたいという気持ちが強いので、そのための努力をしています。
——スポーツ通訳・翻訳の仕事に憧れている人は多いと思います。どのような資質が必要ですか? また仕事を獲得していくために必要なことを教えてください。
スポーツの分野でやっていくなら、スポーツを観るのが好きなことは大切です。自分が関わるスポーツに関連する用語や言い回し、歴史や過去の試合などを調べて、より深く掘り下げていくことが必要になってきます。興味をもてれば自然に次々と知りたいことが出てきますから、好きであることは強みになる。研究を重ねいくことが、いい通訳・翻訳をすることにつながり、自信と実績になっていきます。知らないことをとことん追い求める姿勢は、この仕事に最も必要なことかもしれないですね。
通訳・翻訳の仕事全体にかかわることでいえば、口が堅いこと、秘密が守れることも必要な資質です。会議通訳などでは、取引や契約にかかわるとても重大な決定事項などが交わされる場面に立ちあいますから、守秘義務を果たせる通訳であることが絶対条件になります。通訳・翻訳の仕事はフリーランスでやっていくことが多くなるので、信用を一つひとつ積み上げていくことでしか、次につなげることはできません。地道にその努力ができることは、成功するために欠かせないと思います。
専門分野を極め、技術を磨きながら、仕事の幅を広げていく
——通訳・翻訳者はフリーランスという立場で働くのが一般的なのでしょうか?
フリーランスの人が多いと思いますが、働き方の形態は多様です。私もボビー・バレンタイン監督の通訳をしていたときは、1年ごとの更新はありましたが、6年間はチームと専属契約をしていました。報道機関と専属契約をするなど、継続してその仕事を続けていくことが、確約している立場にある人はたくさんいます。
——通訳・翻訳者を目指しているけれど、収入面での不安定さが気になるという人も多いと思いますが、それを乗り越えていくための考え方などはありますか?
仕事をしていく中で、できるだけ早く専門分野をもつことだと思います。何か一つ他の人には負けない得意分野があれば、そこに集中して技術を磨き、その業界内で人脈を広げていくことで、専門性がどんどん高くなり、継続的にやっていける仕事が増えていくと思います。そういった基盤となる仕事をつくってから、徐々に幅を広げていけるといいですね。
また、最近はネット上にもいろいろなメディアがあり、オンラインで仕事を探すこともできますし、自分のキャリアを多くの人にアピールすることもできます。さらにこれからの時代は依頼された仕事をこなすだけではなく、自分で仕事をつくっていくこともできるのではないでしょうか。たとえば、日本のスポーツを海外に発信していく企画を立案し、自らメディアに売り込むなどの方法も考えられます。ネットの時代ですから、自分でメディアをつくることだってできるかもしれません。
翻訳ソフトが進化しても、人間にしか訳せない言葉がある
——通訳・翻訳の仕事は、今後ますます幅が広くなり、ニーズも増えていくという見方もできますね。
そう思います。しかし同時に翻訳ソフトなども発達していますし、今後はさらに進化していくでしょうから、機械にはできない分野を極めていくことも求められるでしょうね。たとえば、医療の通訳・翻訳など人命にかかわり専門性が極めて高い分野などは、翻訳ソフトで代替するのは難しいでしょう。一方で、落語のように比喩やなぞかけなどの複雑な言葉で構成されているもの、映画字幕のように制限のある中で伝えなければいけないものなども、人間でなければ訳せない分野だと思います。
——今後の活動の予定、展望などを教えてください。
9月に日本で開催される「東レ パン・パシフィックオープン・テニス」で、通訳・翻訳の仕事をする予定があるのですが、この大会では日本人選手の大坂なおみさんの活躍が期待されていて、とても楽しみにしています。迫力のある試合を間近で観戦できるチャンスですから、ぜひたくさんの方に観ていただきたいですね。
日本ではスポーツの位置づけがまだまだ低いと感じています。今後もできるだけ多くの方にスポーツの素晴らしさを伝え、楽しんでいただけるように頑張っていこうと思っています。
エキスパートに聞く「仕事とお金の話」⑭
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