更新日: 2024.10.10 働き方

【FP解説】「年収の壁」は、人生における働き方の問題として捉える必要がある!

【FP解説】「年収の壁」は、人生における働き方の問題として捉える必要がある!
岸田首相は令和5年9月25日に行われた記者会見で、経済政策の1つとして、いわゆる「年収の壁」を見直すための仕組みを整えていくと表明しました。
 
年収の壁は、以前から女性の社会進出を妨げる要因の1つとして取り上げられており、本質的には社会政策上、女性や高齢者の「就労」の問題として認識する必要があります。
 
前述の記者会見でも「就労の壁」という言葉が使われていますが、税金や社会保険料といったお金の部分がクローズアップされやすいことから、「106万円の壁」「130万円の壁」といった年収を基準とした手取り収入の話になりがちです。
 
そこで、今回は年収の壁について、どのような意見や議論があるのか確認します。
重定賢治

執筆者:重定賢治(しげさだ けんじ)

ファイナンシャル・プランナー(CFP)

明治大学法学部法律学科を卒業後、金融機関にて資産運用業務に従事。
ファイナンシャル・プランナー(FP)の上級資格である「CFP®資格」を取得後、2007年に開業。

子育て世帯や退職準備世帯を中心に「暮らしとお金」の相談業務を行う。
また、全国商工会連合会の「エキスパートバンク」にCFP®資格保持者として登録。
法人向け福利厚生制度「ワーク・ライフ・バランス相談室」を提案し、企業にお勤めの役員・従業員が抱えている「暮らしとお金」についてのお悩み相談も行う。

2017年、独立行政法人日本学生支援機構の「スカラシップ・アドバイザー」に認定され、高等学校やPTA向けに奨学金のセミナー・相談会を通じ、国の事業として教育の格差など社会問題の解決にも取り組む。
https://fpofficekaientai.wixsite.com/fp-office-kaientai

年収の壁の見直しには一億総活躍社会という背景がある

厚生労働省の資料によると、令和4年12月16日に公表された「全世代型社会保障構築会議」についての報告書で、年収の壁をめぐって以下のような議論が行われています。

◆女性の就労の制約と指摘される制度等について
女性就労や高齢者就労の制約となっていると指摘される社会保障制度や税制等について、働き方に中立的なものにしていくことが重要である。

出典:厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
 
この議論からは、現行の税制や社会保障制度が女性や高齢者の就労の制約となっていることを、社会課題として捉えているのが分かります。こうした税制や社会保障制度を変えいくというのが、冒頭にある年収の壁(就労の壁)の見直すための取り組みです。
 
大きな枠組みとして考えると、平成28年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」が挙げられるでしょう。その中で「一億総活躍社会」とは次のように定義されています。

一億総活躍社会とは
・若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会
 
・一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会
 
・強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム

出典:首相官邸 一億総活躍社会の実現
 
「みんなが包摂され活躍できる社会」という概念は、わが国にとって歴史的な発想の転換で、現在、そして将来にわたっても社会政策の柱となる考え方といえるでしょう。
 
このような社会政策上の枠組みの中に、女性の社会進出という課題が位置付けられています。それを妨げている要因の1つが現行の税制や社会保障制度であるとされ、こうした文脈の中で、いわゆる年収の壁(就労の壁)を見直そうという議論が成り立っています。
 

年収の壁の見直しについて取り上げられてきたさまざまな意見

厚生労働省の資料では、これまでの年金部会において、年収の壁と対応の在り方について以下のようなさまざまな意見が取り上げられていました。

男女の賃金差は縮まっておらず、根強く残る男女の役割や働き方の差に間違った方向で影響を及ぼしている制度があれば、見直す方向で議論を進めるべき。

出典:厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
 
このような意見は、男女間の格差や女性の人権についての話になりがちですが、過去に掲げられていた一億総活躍社会でうたわれている「みんなが包摂され活躍できる社会」を実現するにはどうすべきか、という文脈の中で語られているものと理解する必要があります。

税や社会保障の現行の制度が、人々の意思決定に影響を及ぼしている。制度を設計するときに、意思決定に影響を及ぼすことができるだけないよう、簡素で中立的な制度を同設計するかが極めて重要。

出典:厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
 
上記の意見にある「人々の意思決定」とは、人々がどのように働き方を決めるかという意味ですが、現行の税制や社会保障制度が意思決定に影響を与えているため、年収の壁(就労の壁)は見直す必要があるというものです。

第3号被保険者は就業調整するというような、ステレオタイプ的な見方は当たらないし、そうやって決めつけてしまうと、その結果として、変な不公平が発生することも十分認識すべき。

出典:厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
 
上記は、第3号被保険者(会社員や公務員など第2号被保険者に扶養されている配偶者)についての意見です。
 
これは、例えば子育て世帯で共働き夫婦の場合、配偶者は年収の壁の範囲内でしか働かないといった先入観を社会全体が持っていると、その先入観が他の面でも不公平を生み出す可能性があることを指摘しています。
 
具体的には、第3号被保険者である配偶者は年収の壁を気にして働く時間を調整するため、「時間があるなら地域の活動などに参加するのは当たり前」「雇ってもすぐに辞める可能性があるから、会社としては積極的に教育や指導を行ってもあまり意味がない」などと思われることが、社会生活や就労をする上での不公平感につながるとも考えられるでしょう。

就業調整による年金額への影響について、年金を受給する場面になってから気づくのでは遅いので、年金制度を正しく理解するための周知・啓発をさらに強化すべき。

出典:厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
 
また、上記は現行の制度に対する理解として、就業時間を調整するために働き方を制限すると、将来受け取る年金額に影響があることを知ってもらった方がよいという意見です。
 
年収の壁の話題になると、年収106万円、130万円までしか働かないという入り口の議論に終始しがちで、時間や雇用形態などを気にせず働いた方が年金額は多くなるといった喚起が足りていないのではないかという指摘といえます。
 

まとめ

年収の壁は、国民レベルでもさまざまな意見があるように思います。FP相談では、年収の壁を気にする子育て世帯の母親が多いように見受けられますが、そのような方は、おおよそ子どもに手がかかるうちは働き方を調整したいという考えを少なからず持っています。
 
前述した厚生労働省の年金部会で取り上げられている意見は、確かに一億総活躍社会から続く考え方の下、社会的包摂という視点で捉えるならば、子どもを産んでもなるべく働きたいという方にとっては背中を後押しするものかもしれません。その一方で、それほど働きたいと思っていない方もいるでしょう。
 
少子高齢化という大きな社会課題に直面している日本は、地域共生社会の実現を目指し、多様性や包摂性を掲げ、誰もが幸せに生きる方法を模索しています。
 
長い目で見れば、おそらく年収の壁はどこかのタイミングでほとんどなくなる方向へ進むことが考えられます。みなさんもこれを機会に「年収の壁」と「就労」について考えてみてはいかがでしょうか。
 

出典

厚生労働省 女性の就労の制約と指摘される制度等について(いわゆる「年収の壁」等)
首相官邸 一億総活躍社会の実現
 
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)

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