「スマホで遺言」の時代でも争族は防げない? 安く済ませたつもりが家族を苦しめる落とし穴
たしかに、遺言作成のハードルは下がる方向にあります。 しかし、家族の感情や不動産の分けにくさ、遺留分への配慮までは、スマホやアプリだけでは解決できません。
「安く、手軽に」と作った遺言が、かえって“争族”の火種になることもあります。便利なツールが増える時代に、本当に準備すべきことは何か。FPが解説します。
お金と不動産相続のコンシェルジュ
宅地建物取引士・AFP・住宅ローンアドバイザー・相続診断士
目次
スマホで遺言が作れる時代へ。ただし「スマホで完結」ではない
2026年6月に成立した改正民法により、パソコンやスマートフォンで作成できる新しい遺言「保管証書遺言」が、公布から3年以内に始まる見通しです。
これまで遺言というと、全文を自筆したり公証役場に足を運んだりと、心理的にも物理的にもハードルの高いものでした。それが身近になり、多くの方が自身の想いを遺しやすくなること自体は、大いに歓迎すべきことです。
ただし注意したいのは、この制度は「データを作って保存すれば完成」ではないことです。
法務局で本人確認を受け、遺言の全文を口述したうえで保管されて、はじめて効力が生じます。そして何より重要なのは、「形式的に正しい遺言」が「家族がもめない遺言」とは限らないという点です。
相続税ゼロでももめる。3人兄弟と実家3500万円のケース
例えば、こんなご家庭を想像してください。父の遺産は、長男が同居してきた実家3500万円と預貯金1000万円の計4500万円。相続人は兄弟3人です。
相続税の基礎控除は「3000万円+600万円×3人=4800万円」ですから、相続税は1円もかかりません。「税金がかからないなら安心だ」と思いますよね。
なお、もし遺言がなければ、法定相続分は各3分の1(1500万円分)が目安ですが、実家3500万円は現金のように3等分できないため、遺産分割の話し合いはかえって難航しがちです。
そこで父は、スマホのアプリで手軽に遺言を作りました。「自宅は同居している長男に、預金は次男と三男に500万円ずつ」。法的にはまったく問題のない、有効な遺言です。
(筆者作成)
「税金ゼロ」なのに、長男が500万円を自腹で払う?
ところが、次男と三男にはそれぞれ「遺留分(法律上最低限保障された取り分)」があります。このケースでは1人あたり4500万円×2分の1×3分の1=750万円。受け取る預金は500万円ずつですから、250万円ずつ足りません。
「同居していた兄さんばかり優遇されるのは納得できない」——弟たちには弟たちの言い分があります。争族は、どちらか一方が悪いから起きるのではなく、双方に理があるからこそ起きるのです。
弟たちから遺留分を請求されれば、長男は合計500万円を、自分の財布から現金で支払わなければなりません。
その現金が用意できなければ、住み続けるはずだった実家を売却して現金化せざるを得なくなります。「家を残してやりたい」という親の想いで書いた手軽な遺言が、かえって長男を経済的に追い詰め、兄弟の争いの引き金になるのです。
遺言は「書いて終わり」ではない
誰が「実行」するのか 昨今は、AIで遺言の文面を自動作成するツールも登場しています。もっともらしい文章を作るのはAIの得意分野です。
しかし、いざ相続が起きて家族がもめそうになったとき、AIは責任を取ってくれません。 遺言は「書いて終わり」ではなく、誰に託し、不動産の評価や名義変更、場合によっては売却までを確実に「実行」してもらうかが肝心です。
遺言書の作成支援は行政書士、内容の法的な精査や紛争の対応は弁護士、不動産の名義変更は司法書士と、それぞれ専門家の領域があります。
資産の大部分が不動産なら、遺留分のシミュレーションを含めた実務的な視点も欠かせません。想いの整理にデジタルツールを使うのは賢い方法です。
ただ、人生の総決算だけは、結果に責任を持てる「実行を託せるパートナー」と一緒に仕上げる。それが、かけがえのない家族の絆を守る一番の近道ではないでしょうか。
出典
法務省 民法等の一部を改正する法律案
執筆者 : 稲場晃美
お金と不動産相続のコンシェルジュ
宅地建物取引士・AFP・住宅ローンアドバイザー・相続診断士


