東京都でも自転車利用者等の保険加入が義務化。その内容は? 罰則は?
配信日: 2020.06.24
自転車を利用する人、事業者の保険加入についていくつかの自治体では加入の義務付けや努力義務などとしていましたが、2020年4月から東京都でも加入が義務付けられました。
保険への加入は必要ですが、よく確認しないと無駄な保険に入ることになりかねません。今回は自転車を利用する人、事業者が加入すべき保険について考えます。
執筆者:西山広高(にしやま ひろたか)
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)、上級相続診断士、宅地建物取引士、宅建マイスター、西山ライフデザイン代表取締役
http://www.nishiyama-ld.com/
「円満な相続のための対策」「家計の見直し」「資産形成・運用アドバイス」のほか、不動産・お金の知識と大手建設会社での勤務経験を活かし、「マイホーム取得などの不動産仲介」「不動産活用」について、ご相談者の立場に立ったアドバイスを行っている。
西山ライフデザイン株式会社 HP
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自転車での事故で高額の賠償金を求められる事例が増えている
平成20年、当時小学生5年生の少年が運転する自転車が62歳の女性と衝突。女性は頭を強打し急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の重傷を負い意識不明に。事故の4年後も意識が戻っていない、という事件がありました。
この件で、平成25年に神戸地裁は、少年の母親に「監督責任を果たしていない」として約9520万円の賠償を命じました。
その他にも、高額な賠償命令が出された例として
・男子高校生が運転する自転車で斜め横断し、対向車線を自転車で直進してきた24歳男性会社員と衝突。被害者に重大な障害が残った事件で9260万円の賠償命令(平成20年6月東京地裁判決)
・15歳少年が無灯火の自転車で歩行中の62歳男性と衝突し、男性が死亡した事件で3000万円の賠償命令(平成19年7月大阪地裁判決)
・携帯電話を操作しながら無灯火で走行していた女子高校生の自転車が、看護師の57歳女性と衝突。被害者は歩行困難になるなど重大な障害が残った事件で5000万円の賠償命令(平成17年11月横浜地裁判決)
など、未成年者が運転していた自転車で起こした事故により、5000万円以上の賠償命令が出た事件も少なくありません。ほかにも運転者が成人であるケースも少なくありませんし、1000万円以上の賠償命令が出たケースは多数あります。
賠償金の内訳は
約9520万円の賠償を命じた神戸地裁の判決。その賠償金の内訳には、後遺障害慰謝料2800万円、後遺障害逸失利益2190万円、将来の介護費3938万円のほか、治療費、入院雑費、入院付添費、休業損害、傷害慰謝料などが含まれています。
将来の介護費や後遺障害逸失利益などは、年齢や収入状況などによっても異なりますが、被害者が若いほど大きくなります。
他人にけがを負わせてしまって多額の賠償金を支払うことになれば、人生を棒に振ってしまうことになります。もちろんワザとではないでしょうし、たとえ支払えたとしても精神的なショックは残るでしょう。
しかし、被害者とその家族の負担、痛みは金銭に換えがたい苦痛です。多額の賠償金を命じられても、加害者に資力がなく支払えない場合、被害者が苦しむことになります。
で、自転車保険って何?
自動車場合、保有者に自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)への加入が義務付けられていますが、自転車の場合にはそのような仕組みがありません。
そこで2015年、全国で初めて兵庫県は、自転車を利用する人に保険への加入を義務付けました。以後追従する自治体が増え、東京都でも2020年4月1日に義務化する条例が施行されました。
では、具体的にはどのような保険に入るべきなのでしょう。
保険会社などがいう「自転車保険」というのは、一般的にいうところの「個人賠償責任保険」と「傷害保険」がセットになっている保険です。
「個人賠償責任保険」は日常生活で誤って他人にけがをさせたり、物を壊したりしたときの賠償金や弁護士費用などを補償する保険です。「傷害保険」は日常生活で突発的な事故によるけがや死亡・高度障害などの際に保険料が支払われるものです。
「自転車保険への加入が義務化されました」などとチラシやポスターにうたっているものがありますが、必ずしも「自転車保険」という名称の保険商品への加入を義務付けているものではありません。
条例の施行に伴い、あたかも新たな保険への加入が義務付けられたかのように伝える広告もあります。自治体の出しているチラシでも、「自転車保険」と書かれていて、誤解を生じる可能性が高いものも見受けられますので注意が必要です。
自転車の利用者に加入が義務付けられたのは「誤って他人にけがをさせてしまった場合にその損害を補償する保険」です。個人の場合、すでに「個人賠償責任保険」に加入している場合は、その保険でカバーできるので、あらためて加入する必要はありません。
また「傷害保険」もすでに加入している場合は必要ありませんし、各自治体も加入を義務付けていません。住んでいるところによっては、子どもの医療費がかからない自治体もありますので、傷害保険は不要という場合もあるでしょう。
そもそも保険の目的は、自分のお金ではカバーしきれないほどの大きな出費に備えることです。
建物にかける火災保険や、多額の対人賠償などに備える自動車保険の任意保険、子どもの養育費が必要な人の身に万が一のことがあった場合の生命保険などのように、自分や残された人に大きな経済的ダメージを受ける場合に備えて、加入するのが第一の目的です(もちろんほかにもが活用できるケースはあります)。
自分の預貯金でカバーできる程度のものであれば、必要ないともいえます。人によって必要な保険や価値観は違います。それぞれの人、家庭で必要な保険は何かを個別に判断し、必要と考えるものに加入すればよいといえます。
加入が必要な人、事業者
加入が必要なのは
・自転車利用者(子どもがいる場合にはその保護者)
・自転車使用事業者
・自転車貸付業者
などです。
業務で自転車を従業員に使用させる事業者や、自転車通学する児童・生徒等がいる学校等、自転車通勤をする従業員がいる事業者にも、自転車損害賠償保険等への加入の有無の確認をし、確認ができないときは自転車損害賠償保険等への加入について、情報提供を行う努力義務が課されました。
東京都の条例を告知するチラシでは、
・自転車の利用者は、自転車の利用によって生じた他人の生命、または身体の障害を補償する自転車損害賠償保険等に加入しなければならない
・未成年の子どもが利用するときは、その保護者も同様の保険に加入しなければならない
とされています。
違反した場合の罰則はありませんが、万が一にも人を傷つけてしまったときに備えておくことが必要でしょう。
補償の重複に注意
自転車の利用者等が加入しなければいけないのは「個人賠償責任保険」ですが、自動車保険の任意保険の特約や火災保険の特約などで加入できる商品も少なくありません。
同じ事故などを補償する保険にいくつも入るのは無駄です。補償が重複した状態で事故が発生した場合、どちらの保険(共済も含めて)でも補償対象ですが、ひとつの保険が下りると他の保険契約からは保険金、共済金が支払われない場合があります。
自分や家族が加入している、保険の保険証券や加入者証などで確認してください。
事業者等が加入する保険も、自転車専用のものである必要はありません。業務に関連して加入している保険の補償範囲を確認し、従業員などの自転車事故での損害賠償をカバーできる保険に加入しましょう。
従業員が個人で加入している自転車保険は、業務上の事故は対象外とされていることが一般的ですので、注意が必要です。
まとめ
歩道を走ることも多い自転車。時々ものすごいスピードですり抜けていく自転車に遭遇し、ドキッとした経験をされたことのある人も少なくないでしょう。マナーの悪い自転車に出合うことは少なくありません。
また、自動車に比べると大事故になりにくいと考えるかもしれませんが、自転車でも時には人に大けがを負わせたり、死亡させてしまうこともあります。
神戸の事件では、小学生が運転する自転車で、監督責任者である親に賠償命令が出ました。運転者が未成年者であっても、責任を逃れられるわけではありません。また自転車の場合、運転免許証などは必要なく、教習所のように教育する場もありません。
しかし、自転車も「軽車両」にあたり、道路交通法の適用を受けます。自転車に乗る以上「知らなかった」では済まされません。子どもも自転車に乗ることがあるでしょう。
親と一緒でなくても、事故の責任を親が負うことがあります。子どもが自転車に乗るようになったときには、その運転マナーも含めて教育する義務があると考えなければなりません。
(参考)
東京都「令和2年4月1日から自転車利用中の対人賠償事故に備える保険等に加入している必要があります!!」
■自転車利用者向け
■事業者向け
執筆者:西山広高
ファイナンシャル・プランナー、宅地建物取引士、西山ライフデザイン代表取締役