更新日: 2022.03.03 インタビュー

エキスパートに聞く「仕事とお金の話」

効率だけを追求すると長続きできない。「働かないアリ」に学ぶ、関係としての永続性

Interview Guest : 長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

効率だけを追求すると長続きできない。「働かないアリ」に学ぶ、関係としての永続性
2010年に出版した『働かないアリに意義がある』は話題を呼び、現在まで20万部を超える、科学系の新書では常識破りの売れ行きを見せています。

またその論文は、電子オープン誌のScientific Reportsの年間2万本近い公開論文のなかで、2016年ダウンロード数トップ100に選ばれています。アリの社会を人間の経済社会になぞらえ、講演依頼も多く寄せられる長谷川先生に、動物の社会や生態から学ぶ人間社会のあり方、種同士、環境と深く関わりながら長い年月を生き延びてきた生物の神秘をうかがいました。

Interview Guest

長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

1961年東京都生まれ。子供の頃から動物(特に昆虫)が好きだった。大学卒業後、民間企業に5年間勤務した後、東京都立大学(現首都大学東京)大学院で生態学を学ぶ。現在、北海道大学大学院農学研究院動物生態学研究室に所属し、昆虫から脊椎動物まで、さまざまな種類の動物を用いて進化生物学、動物行動学、動物生態学を専門に研究を続けている。『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー・現中経の文庫)ほかの著書がある。趣味は車、映画鑑賞、釣りなど。漫画は人生の友。座右の銘は「引かぬ、媚びぬ、省みぬ」。

田中恭子

執筆者:田中恭子(たなか きょうこ)

フリーランス・エディター&ライター

北海道大学卒業後、メーカー勤務を経て出版業界へ。自身の経験を生かした旅行、
アウトドア、ライフスタイル、自然などを得意とするが、ジャンル問わず、多方面
で活躍。

谷口哲

Photo:谷口哲(たにぐち あきら)

フリーランス・フォトグラファー

 

 

 

働かないアリが、コロニーの存続の鍵を握っていた

 
――「働かないアリ」について話題になりましたが、先生の研究を簡単にご説明ください。

アリってとても働き者のように思われていますが、実は巣の中のある瞬間を見ると、7割くらい働いていないアリがいます。そのうちの多くはやがて働くのですが、数カ月など長い時間で観察しても、2割くらいのアリはほとんど働いていないことがわかっていました。
そのシステムは「反応閾値(いきち)モデル」というもので説明されます。仕事が出している刺激値というものがあり、これがある一定の大きさになると反応して仕事を始める「反応閾値」が、個々のアリによってばらばらなんです。


人間に例えると、例えば部屋が散らかってきたという刺激値があったときに、きれい好きな人(閾値の低い人)は我慢できなくなって片付け始める。一方、ちょっとやそっとの汚れなど気にしない、閾値の高い人は、その刺激が相当大きくなるまで片付け始めないようなものです。そう言うとわかりやすいでしょう?


アリのコロニーの中の、何十匹のアリ個々の閾値が違っていて、仕事が現れたときに、まず閾値の低いアリが仕事を始めます。そうしている間に別の仕事が現れると、次に閾値の低い個体がそれをやる。そうやって仕事の量に応じて個体の閾値の違いで仕事をするようになると、アリの巣の中には誰も司令塔がいないのに、自動的に、必要な数の個体を必要な場所に配置することができるのです。ただ、このシステムでは「閾値の高い個体」は、必然的にほとんど働かなくなる。このようなシステムを「反応閾値モデル」といい、閾値のばらつきを「閾値分散」と呼んでいます。


僕たちは実際のアリを使ってこれを確かめました。面白いことに、よく働いていたアリのみを取り出してみると、その2割ほどが働かなくなり、働かなかったアリのみを取り出すと、2割ほどはちゃんと働くようになりました。結果、アリの働き度合いの分布は、元のコロニーと同じようになったのです。

 
――なぜ、「働かないアリ」がいるのでしょうか。

そうですね。科学の疑問というのは、「how どのように」と「why なぜ」があります。ほとんどの科学はhowを扱っていますが、進化生物学は「なぜ(why)そんなことをしているか」の話ですので、後者の疑問を扱っています。
コロニーの生産性を最大限にするには、全員がいっぺんに働いたほうがいいにきまっています。しかしアリは、働くのはいつも閾値の低い個体で、閾値の高い個体はほとんど働かない。いつも部屋を掃除するのはきれい好きの人で、気にしない人は仕事をしない。全員で掃除をしたほうがずっと効率的なのに、というわけです。


ところで学者というのは、案外普通のことに気が付かないもので、アリだって働くと疲れるわけです。疲れると休まないと次の仕事ができない。となると、全員が一斉に働くとまずいことが起こるのではないかと考えました。同じ真社会性昆虫のシロアリの巣には、ひとときも休めない卵を舐めるという仕事があります。唾液の中に抗生物質が入っていて、卵を細菌から守っているんです。このシロアリをごく短い時間、卵から引き離しただけで、卵は全部腐ってしまいます。おそらくアリも同様です。


卵の全滅はコロニーの全滅につながりますから、こうした仕事は絶対に途切れさせることができません。ここに着目してみました。実際のアリを疲れさせるのは難しいので、コンピュータシミュレーションで、実際のアリに見られるような反応閾値モデルをつくり、個体によって閾値の分散があるグループと、全員が同じ閾値をもって一斉に働くグループとをつくって、そこに「疲れ」を入れてみました。もちろん時間あたりの仕事の処理量は、一斉に働くほうが大きい。ところが、仕事の出現率によっては、誰かが常に休んでいるような、閾値分散があるグループのほうが、「長続きする」つまり滅びないことがわかりました。閾値の高い、いつも休んでいる個体は、よく働くアリが疲れて仕事ができなくなったときに備え、仕事を途切れさせないよう待機しているというわけです。

 

ダーウィニズムでは説明しきれない、真社会性昆虫の生態


 
――先生はアリやハチのような真社会性昆虫の専門なのでしょうか。


僕の専門は進化生物学ですが、こうした反応閾値モデルも、一種の「進化」といえると考えています。約160年前、チャールズ・ダーウィンが打ち出した「自然選択説」は、そこの自然環境にうまく適応した、「増殖率の高いものが増えていき、集団を占める」というものですが、真社会性の動物に関してはこれで説明できませんでした。なぜなら、子どもを生まない個体(働きバチや働きアリ)の存在が、将来の世代に伝わっていっているのですから。さらには、働かないアリがいるということも、生産効率が高い者(コロニー)が生き残るというダーウィニズムには反することになります。


1964年に、イギリスのハミルトンという人が、女王の娘である働きバチは、自分が子どもを生まずに働くことで、母親がより多く子どもを生み、自分と同じ遺伝子が将来により多く伝わるのだと説明しました。僕はこれが面白くて、大学に戻り研究することにしたんです。研究続けながら、ダーウィニズムでは説明しきれない適応や進化に注目するようになりました。

 

一時的な効率を犠牲にしても長続きすることを優先する

 
――働かないアリに意義があるというのは人間社会にも当てはまるのですか?

この本を出してから、企業や経済界などから講演や取材を依頼されることが増えました。この本がこんなに売れたのも、「働かない自分がいてもいいんだ」と安心する方が多かったのかもしれません。大手書店の調査によると、買ってくださった方の8割がサラリーマンだとのことでした。ただアリの世界はそう甘くはなく、閾値の高いアリはたとえ一生働く機会がなくともその存在を許されていますが、全く社会にタダ乗りするような個体ならば、すぐに殺されてしまいます。「働かない」という一種の余裕をもたないと生き延びられないというのは、実はすごくシビアなこと、しかしやはり余裕は必要なんですね。


経済の世界では「パレートの法則」というのが昔から有名で、組織の中の2割ほどの人の働きがほとんどの利益を生み出していて、ほかの人は会社の利益に貢献していない。でもその2割の人たちだけにするとそのうちの8割は働かなくなる、あるいは逆に、貢献していない8割の人だけにすると、そのうちの2割の人は利益を生み出すという、ある種の伝説みたいなものですが、こちらのほうが先で、アリやハチでもそうなっているのだとまことしやかに言われていました。


企業でも、利己的な利益だけを追求している企業はどんどんだめになっています。ぎりぎりまで経費や労働環境を悪くして、効率の最大化だけを成し遂げようとするような企業は結局長続きできないんですよ。それは多分どんな生き物でも経済でも同じです。
人間の組織の生産性を上げるためには、人の「閾値」にあたるものはモチベーションですので、人事管理がいちばん重要です。また、アリの場合は司令塔がいないので、反応閾値モデルで自動的に仕事を配分していますけれど、人間は司令塔(管理職)がいますから、そこにどんな人を据えるかが非常に重要です。
企業の方たちは、本当に自分たちの組織がうまくいくためにはどうしたらいいかっていうことを真剣に考えているので、僕のような門外漢の話もきこうとしてくれます。そういう姿勢っていうのは僕ら学者も見習うべきだと思いました。

 

――ほかにも、「長く生き延びる」ための生き物のシステムの例はありますか?


砂漠のカブトエビみたいな生き物は、めったに雨が降らないので、卵が乾燥に非常に強い状態で仮眠していて、濡れると孵化(ふか)するんです。けれど、何回濡れると孵化するかというのが、ひとつの母親の卵の中でものすごくばらばらになっています。1回濡れると孵(かえ)っちゃう卵から、何十回も濡れないと孵らない卵まで。短い時間での増殖だけを考えると、1回濡れたら全員孵って、また新しい子どもを生んでいくほうが、どんどん増えていけるんですけれど、砂漠では雨がどのくらい降るのかは全然予測できない。ほんのちょっとした水たまりでも、1回濡れたら全部が孵ってしまうと、水たまりが干上がったら全部滅びて終わりになってしまいます。それを避けるために、同じ母親の子どもなのに卵の孵り方がばらばらになっている。こうしたことは植物の種にもみられます。ベットヘッジング(両賭け)と呼ばれるような、例えばルーレットで赤と黒の両方に賭ければ、一度に金がなくならない、そういうことが、生物の世界でも起こっているのです。


企業の話に戻りますが、最近の大企業のなかにも、さまざまな分野のことをやって、どこかが生き残れば全体としては潰れない、という対策を講じているところがありますね。トヨタが、各部品を作る工場を1つずつ作り、効率的な生産をしていましたが、東日本大震災のときにそのひとつが被災したことで何週間か生産ラインがストップしたということがありました。効率ばかりを追求すると、いざ有事のときに、大きなダメージを被ることになるのです。

 

40億年間滅びなかった「生物関係=群集」の進化を理解する

 
――では、生きとし生ける者の生きる「目的」は、種として長続きすることなのでしょうか。

いえ、目的ではなく結果です。進化はいつも結果から解釈することしかできません。適応というのは、未来を予測してではなく、過去に経験したことに対してしかできない。ただ確実に言えるのは、生命が誕生してから約40億年間、一度も途絶えなかったものだけが今この世に生きているということです。


どんな場所にいる生物でも、生き物同士や物理環境と、利用する-される(食べる-食べられる、もそのひとつ)という「関係」を持って生きています。その集まりが「群集」。利用する者が効率を上げ、される者を使い尽くしてしまうと、利用する者自身も滅び、「関係」ごと消滅します。だから、今ある全ての生物は、「共存・共生」という滅びない「関係」として生き残っていると考えられます。それは「増殖効率」が優れた形質をもった個体が生き残った結果、「増殖率最大化」とはまた別の、僕らが「永続性」と呼ぶ物差しに最適化されていると思われるのです。働かないアリも同じような観点で考えられ、効率最大化よりも永続性を優先させています。やはり生き物にとっていちばん重要なのは「関係として滅びないこと」。それは目的ではなく「適応」の結果なのだと考えています。


自然の中に無駄なものなどなく、なんでいるのかよくわからないような生き物にも、ちゃんと存在しなければいけない理由があるのでしょう。そして全ての生物が「群集」の中で生きているのなら、群集レベルでの適応進化というものをちゃんと理解しないと、個々の生き物の適応も理解できないだろうと僕らは考えています。永続性の考えのことを「永続性パラダイム」って呼んでいますが、ダーウィニズムも永続性パラダイムもどっちも正しくて、後者が前者の制限枠です。ニュートン力学と相対性理論の関係と同じです。


生物同士の関係性も遺伝し、変異や選択もあって、時間とともに変化していきます。結局適応進化とは、そうやって群集が永続性の観点から巨大な共生系になっていく過程だと考えています。それは「増殖率最大化」だけでは説明できないさまざまな生物の有り様を説明するかもしれません。これからこうしたことを証明していきたいと考えています。


生物の群集としての進化、長い年月をかけて獲得した共生の形、そして個と群集との関係性などは、確かに人間社会にもあてはまる部分は多くあります。こうしたことを組織経営の参考にしていこうとする経営者の方々同様、僕も頭を柔軟に、いろんな分野にヒントを得て、残りの研究者人生の間、考え続けていきたいと思っています。

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