おいしいごはんで満腹になれたのは「種子法」のおかげ 種子法廃止で私たちの食はどうなる?

配信日: 2018.04.05 更新日: 2019.01.11

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おいしいごはんで満腹になれたのは「種子法」のおかげ 種子法廃止で私たちの食はどうなる?
4月1日、長年にわたって私たちの主食の安定供給を支えてきた「主要農産物種子法(以下、種子法)」が廃止されます。一見、種子は私たちの暮らしとは無関係のようですが、種子がなければごはんやパンを食べることすらできません。

種子法は、私たちの食にとってどんな役割を果たしてきて、廃止はどのような影響をもたらすのでしょうか。
毛利菁子

Text:毛利菁子(もうり せいこ)

農業・食育ライター

宮城県の穀倉地帯で生まれ育った。
北海道から九州までの米作・畑作・野菜・果樹農家を訪問して、営農情報誌などに多数執筆。市場や小売り、研究の現場にも足を運び、農業の今を取材。主婦として生協に関わり、生協ごとの農産物の基準や産地にも詳しい。大人の食育、大学生の食育に関する執筆も多数。

種子法とは何なのか

1952年5月に、戦後の食糧難の辛苦を繰り返さない、という決意をもって制定されたのが種子法です。
 
その目的は、「主要農産物(筆者注:稲、大麦、はだか麦、小麦、大豆)の優良な種子の生産と普及を促進するため、種子の生産についてほ場審査その他の措置を行うこと」(第一条)にあります。国民の食糧を生産する農家に、優秀で良質な種子を安定的に供給・普及することを、国の責任だとしたのです。
 
そのために国は、北から南まで各地の風土に合った米や麦などの品種を選抜し、その種子を農家に供給する任務を都道府県に委託しました。
 
国から予算の手当を受けた各地にある農業試験場などの試験研究機関が、その役割を担ってきました。種子は利益の追求のためではなく、農家、ひいては国民全体の利益のために研究・品種改良が重ねられてきました。
 
種子法のおかげで、良質の種子が、安価で、農家の手に渡ることが当たり前になりました。当然、種子が安価であれば農産物の価格も抑えられます。特に意識してはきませんできしたが、私たちの主食は長年、このような種子法の理念とシステムに支えられてきたのです。
 
ところが2017年4月、国会でこの法律は2018年4月1日に廃止と決まったのです。
 

種子は世界共通の公共財

種子とは、個人の財産でなく、公共の財産だと考えられてきました。そうはいっても、ピンと来ないかもしれませんから、米の新品種の開発を例にとって説明しましょう。
 
米の品種開発の現場では、膨大な数の組み合わせで交配を繰り返し、狙いに近い形質を持ったものを何年も掛けて選抜していきます。
 
例えば、日本穀物検定協会の2017年産米の食味ランキングで2年連続特Aを獲得した「だて正夢」(宮城県古川農業試験場で開発)は、母は宮城県で育成された米、父は北海道で育成された米の掛け合わせで誕生しました。しかし、父と母の米の来歴をさかのぼると、各地で誕生した米の遺伝子が組み込まれているのです。
 
新品種の米に、別の都道府県の農業試験場で開発された米を使うということは、ごくありふれた話です。
 
このように研究機関は、ほかの多くの研究機関と種子を提供し合って、より優れた品種を産み出してきたのです。根底にあるのは、「種子はみんなのもの」という共通認識です。
 
これは国内に限ったことではありません。新潟県で開発された「コシヒカリBL」と呼ばれる品種群には、いもち病に弱いというコシヒカリの弱点を克服するために、フィリピンや中国、アメリカ、インドなどから米の遺伝子が提供されました。
 
研究者たちに「種子は公共財」という共通認識があるからこそ、こうした協力が可能なのです。
 

どうして廃止になるのか?

このように、研究者たちの開発を支え、私たち消費者においしい主食を提供してくれた種子法が廃止されるのはどうしてでしょうか。
 
農林水産省は「・・・国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する。
 
そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法を廃止する・・・」と説明しています。ひと言で言うと、国の財源で種子開発のコストがまかなわれている種子法の存在が、民間企業には不利に働いているから廃止する、ということです。
 
国が長年、自らの責任で北海道から沖縄まで各地域に合った米の種子の開発を進めてきたのは、ある地域で不作になったときにも、ほかの地域では米が確保できるように、危険を分散する方策でもあったはずです。
 
民間企業が利益の見込めない地域に合う米の品種開発を行ってくれるのか、廃止後に地域ごとに格差が出てしまわないか、素人としては甚だ心許ない気がします。
 
農水省は「農業試験場と民間企業が連携して種子を開発・供給する」ことを目指しているようですが、できた種子はいったい誰のものになるのでしょうか。
 
農林水産事務次官名で出された文書では、「・・・適切な契約を締結することが必要不可欠・・・」とされています。しかし今までの研究成果(種子)が、私たち国民の生活よりも企業の利益優先になってしまわないのでしょうか。
 

種に関係ない人はどこにもいない

食糧の源は種子にあります。ですから、種子と無関係な人は誰もいません。種子法の廃止は、農家だけの問題ではなく、消費者の問題でもあるのです。
 
昨年11月21日、TBS系のテレビ番組『教えてもらう前と後』(毎日放送制作)が、種子法廃止の影響を取り上げました。
 
「農水省穀物課調べ」だと明示したうえで、「廃止後に民間企業が独自に品種開発する米の種子の生産者渡し価格は現在の10倍に高騰する」と解説しました。種子の価格の値上がり分は当然、米の販売価格に転化されます。
 
米の新品種の開発には通常、10年程度の年月が掛かり、費用がかさみます。利益を最優先する必要がない公的機関が種子を作ってきてくれたからこそ、おいしい米が庶民にも手の届く価格で店頭に並び、安定的で豊かな食生活が可能となったのです。
 
種子法の廃止はもう目前に迫っています。廃止されたからといって、急激に変化することはないと思います。
 
しかしその影響は、消費者の目に直接は触れないところからじわじわと広がっていくでしょう。はたと気づいたときには遅すぎる、ということにならないように、私たち消費者も種子法廃止後のゆくえに関心を持たなければいけないと思うのです。
 
Text:毛利 菁子(もうり せいこ)
宮城県の穀倉地帯で生まれ育った農業・食育ライター。

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