更新日: 2023.08.28 子育て

【児童手当】個人の自由と公共の福祉のバランスをどう調整する? 議論の本質を考える

執筆者 : 重定賢治

【児童手当】個人の自由と公共の福祉のバランスをどう調整する? 議論の本質を考える
人生には分岐点があります。就職や結婚、出産、転職、退職、介護が必要になるタイミングなど、さまざまなライフイベントが発生する時期が人生の分岐点といえます。
 
2023年に入り、少子化対策や子育て支援策を巡る情報がメディアで報じられることが増えています。結婚や出産、子育てといった人生の分岐点に関わるものですが、同時にこれらの政策について「あなたはどう思いますか」という問いを私たちに投げかけています。
 
国は、さまざまな方面で人間関係が希薄化するという「個人化」を、社会的なリスク(不確実性)と捉えています。
 
少子化対策や子育て支援策も、個人化から発生している社会的な問題ということができますが、児童手当制度における所得制限の撤廃や支給年齢の引き上げも、個人化というリスクがその根本にあります。
重定賢治

執筆者:重定賢治(しげさだ けんじ)

ファイナンシャル・プランナー(CFP)

明治大学法学部法律学科を卒業後、金融機関にて資産運用業務に従事。
ファイナンシャル・プランナー(FP)の上級資格である「CFP®資格」を取得後、2007年に開業。

子育て世帯や退職準備世帯を中心に「暮らしとお金」の相談業務を行う。
また、全国商工会連合会の「エキスパートバンク」にCFP®資格保持者として登録。
法人向け福利厚生制度「ワーク・ライフ・バランス相談室」を提案し、企業にお勤めの役員・従業員が抱えている「暮らしとお金」についてのお悩み相談も行う。

2017年、独立行政法人日本学生支援機構の「スカラシップ・アドバイザー」に認定され、高等学校やPTA向けに奨学金のセミナー・相談会を通じ、国の事業として教育の格差など社会問題の解決にも取り組む。
https://fpofficekaientai.wixsite.com/fp-office-kaientai

個人化≒人間関係を維持する力が弱まっているという社会現象

ドイツ人社会学者のウルリヒ・ベックは、著書「危険社会 新しい近代への道」(1998年、法政大学出版局)で、1986年、産業化の進展によって連帯性や絆といった人間関係の結束力が弱まりを見せていることを指摘しました。
 
その内容は、豊かになりたいと願う人間の欲望が企業の経済活動を効率化・合理化に向かわせた結果、産業構造の基盤が崩れ、労働環境の悪化を招き、さらには地域社会における人間関係が希薄化したというものです。
 
こうした社会問題を個人化といいますが、豊かさを求めて産業が効率化し、資本主義が拡大したものの、その反面、競争によって個人個人が持つ人間関係を束ねる力が弱まったというわけです。
 
身近なところでいうと、例えば企業が利益を追求するあまり、雇用コストを削減したことで従業員の給与が減少するなど雇用環境が悪化したとします。その影響が家庭にも及び、家計のみならず、時間的にも精神的にも余裕がなくなり、結果として個人間の結びつきが弱まったといえばイメージしやすいかもしれません。
 
ほかにもさまざまな社会現象を伴って個人化は進みますが、経済を軸に捉えるならば、このような構造上の変化が個人化を促進したと考えられます。
 

個人化が進むと少子化対策・子育て支援策の必要性が増す

冒頭で指摘した、児童手当制度における所得制限の撤廃や支給年齢の引き上げは、広い意味でおおむね個人化の影響を強く受けたものといえます。
 
児童手当は、子どもが生まれた家庭に対する社会的扶助という意味合いがありますが、経済的な観点で捉えると、所得補償政策に通底する福祉政策です。現行の制度では養育者の所得制限があり、年収が一定額以上の場合、中学生以下の子どもがいたとしても支給額が減額、または支給対象外となります。
 
所得制限の撤廃、支給年齢の引き上げについて個人化を起点に考えた場合、経済的には家計における経済力の低下が背景にあります。
 
また、大きな問題として教育の経済格差も指摘されています。経済格差に着目するならば、収入が多い世帯に対しては「児童手当に所得制限を設けるべき」という議論も成り立つかもしれません。しかし、一方では「子どもたちが教育を受ける権利は平等だ」という議論も成り立ちます。
 
重要なのはどちらが正しく、どちらが間違っているかという是非の判断ではなく、なぜ少子化対策や子育て支援策のなかに児童手当の所得制限の撤廃や、支給年齢の引き上げが盛り込まれるようになったのか、その社会的背景に目を向けることです。
 
子どもに十分な教育を受けさせられない保護者がなぜ生まれるのか、家庭内で子どもを養育することが難しくなっている理由はどこにあるのか、地域社会全体で子育てをする力が弱まっているのはなぜなのか。このような問いは、必ずしもそのすべてが経済的な問題に根差しているわけではありません。
 
個人化という社会的リスク(不確実性)も改善しないかぎり、児童手当の拡充など少子化や子育てに向けた政策が有効性を発揮することは難しいでしょう。また、政策の効果が大きく表れなければ、少子化対策や子育て支援策の必要性を訴える傾向がさらに強まるとも考えられます。
 

子育ても助け合いの視点を持つことが大切

ライフプランを考える際、児童手当は出産後のライフステージで家計を支える一つの収入と位置づけられます。
 
つまり、一般的には出産前後という人生の分岐点で初めて児童手当について意識することになります。ライフプランを描く目的は、人生をどのように生きるのか、あらかじめ想定することにあります。
 
そのため、児童手当の所得制限の撤廃や支給年齢の引き上げといった政策を確認するときは、いくらもらえるか、いつまでもらえるかなど経済的な視点だけでなく、どのような家庭環境で教育方針を整えていくか考えることが求められます。
 
そこで重要なのが、いかに個人化を抑制するかという視点です。夫婦や家族・親族との人間関係のほか、近所付き合い、友人・知人との関係性、そして地域社会との関わり方など、子育てを取り巻く環境の構築を基礎に置き、そこから家計面における教育費などについて検討を重ねていくということです。
 
要は家庭環境を中心にして、人間関係に助け合いの構造を築くという視点を持ったうえで、子育てに係るお金について考えたほうがよいということです。
 

まとめ

人と環境の間に介入し、働きかけを行うことで、その関係を調整するのが社会政策の役割です。個人化を社会問題と捉えた場合、その程度を少しでも緩和するために実施されるのが少子化対策であり、子育て支援策といえるでしょう。
 
児童手当の所得制限の撤廃や支給年齢の引き上げなど、子育てにおける問題を解決するために打ち出される施策は、税金や社会保険料の増加という新たな問題を引き起こします。
 
私たちは国の政策に対して賛否の声を上げますが、長い歴史を振り返ると、経済的な豊かさを求めたことで産業化が進展し、個人化が進んだというジレンマに気がつきます。その結果、子育て期が終わった後でも税金や社会保険料のさらなる負担の増加が待ち受けているかもしれません。
 
少子化対策や子育て支援策については、豊かさの追求など個人の自由と、公共の福祉のバランスをどのように調整するのか、この2つの狭間で今後も動いていくと見るのが妥当といえるでしょう。
 

出典

内閣府 児童手当制度のご案内
 
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)

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