更新日: 2023.08.30 子育て
「こども未来戦略方針」3つの基本理念(1)“若い世代の所得を増やす”~私たちが気にしておくポイントとは?
前回の記事では若者や子育て世帯の声を紹介し、国が考えている課題設定について言及しましたが、今回は「こども未来戦略方針」で記されている基本理念について、具体的に確認していきたいと思います。
執筆者:重定賢治(しげさだ けんじ)
ファイナンシャル・プランナー(CFP)
明治大学法学部法律学科を卒業後、金融機関にて資産運用業務に従事。
ファイナンシャル・プランナー(FP)の上級資格である「CFP®資格」を取得後、2007年に開業。
子育て世帯や退職準備世帯を中心に「暮らしとお金」の相談業務を行う。
また、全国商工会連合会の「エキスパートバンク」にCFP®資格保持者として登録。
法人向け福利厚生制度「ワーク・ライフ・バランス相談室」を提案し、企業にお勤めの役員・従業員が抱えている「暮らしとお金」についてのお悩み相談も行う。
2017年、独立行政法人日本学生支援機構の「スカラシップ・アドバイザー」に認定され、高等学校やPTA向けに奨学金のセミナー・相談会を通じ、国の事業として教育の格差など社会問題の解決にも取り組む。
https://fpofficekaientai.wixsite.com/fp-office-kaientai
若い世代の所得を増やす
「こども未来戦略方針」では、3つの基本理念が示されています。ここではそのうちのひとつである「若い世代の所得を増やす」から、具体的な話を取り上げていきます。
なお、こども未来戦略方針では「若い世代の所得を増やす」とはどういったことかについて、「若い世代が『人生のラッシュアワー』と言われる学びや就職・結婚・出産・子育てなど様々なライフイベントが重なる時期において、現在の所得や将来の見通しを持てるようにすること」と述べています。
成長と分配の好循環、賃金と物価の好循環
「賃上げ」への取り組みとして、国は「成長と分配の好循環」(成長の果実が賃金に分配され、セーフティネットなどによる暮らしの安心の下でそれが消費へとつながること)と「賃金と物価の好循環」(企業が賃金上昇やコストを適切に価格に反映することで収益を確保し、それがさらに賃金に分配されること)という2つの好循環の実現を目指しています。
方法論としては、国が質の高い投資(グリーン・トランスフォーメーションやデジタル・トランスフォーメーションなど)を行って経済成長を積極的に後押しする姿勢を見せ、企業に物価の上昇に伴う価格転嫁を促し、それを通じて売り上げの増加につなげ、結果として賃金の上昇を実現するというアプローチと、再分配政策としてセーフティネットなどを整備し、人々に生活設計への安心感を持ってもらうことで消費を喚起する、という2つの方策を掲げています。
三位一体の労働市場改革
さらに、賃上げにつなげる諸策として、国はリ・スキリング(学び直し)による能力向上のための支援、職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化という「三位一体の労働市場改革」を掲げています。これらの目的はもちろん賃上げですが、「こども未来戦略方針」案では「構造的賃上げ」と表現しています。
三位一体の労働市場改革は、アベノミクスから一歩前進していると見て取れます。いずれも家計にとっては収入の増加につながる政策であるため、賛否両論あれども、順当にいけば労働市場の流動化が期待できるのではないでしょうか。
また、労働市場改革に関連する項目として「L字カーブの解消」や「働きやすい環境の整備」「同一労働同一賃金の徹底」「非正規雇用の方々の正規化」などが挙げられています。
アベノミクスからの継続項目として記憶に新しいかもしれませんが、これらの「働き方改革」が、岸田政権ではさらに積極的に推進されています。実現には相当な時間がかかることが予測されますが、このような労働市場改革が実現すれば、働きやすく、暮らしやすい社会を実感できるようになるでしょう。
さらに、週の所定労働時間20時間未満の労働者に対する雇用保険の適用拡大についても検討し、2028年度までをめどに実施するとしています。これに加え、いわゆる106万円・130万円の壁を意識せずに働くことが可能となるように、短時間労働者への被用者保険の適用拡大や最低賃金の引き上げにも取り組み、多様な働き方を効果的に支える雇用のセーフティネットを構築することを目指すとしています。
私たち生活者が気にしておくポイント
しかし、ここまで述べてきた「若い世代の所得を増やす」という基本理念は、本当に実現されるのでしょうか。経済成長を実現し、賃金を引き上げ、雇用環境を整備し、セーフティネットをさらに広げ、労働市場の流動性を高めるという政策を実現可能なものにするには、国民はもちろん、企業への十分な周知と理解も必要です。
依然として需給ギャップがあるなかで、思い切った財政政策を実施することは、この国の抱える借金問題への対応に向けた国民的議論が必要になってくるでしょう。また、企業に物価の上昇に伴う価格転嫁を促そうとしても、値段を上げると客離れが起きるという懸念から、売り上げの増加に結びつけにくい企業も存在します。
さらに、週の所定労働時間20時間未満の労働者にも雇用保険の適用を拡大することは、雇用主である企業にとっては雇用コストの増加につながるため、当期純利益の減少を招いてしまう可能性があります。
一方、労働者にとっても、106万円・130万円の壁という収入の壁についての所得控除を見直すとなれば、賃金の上昇や働きやすさ、子育てのしやすさなどといった雇用環境の整備も伴わなければ、特に子育て世帯にとっては、応じにくいということも考えられます。
リ・スキリング(学び直し)についても、労働者によっては学び直す目的や意義を自分で見出せない可能性や、職場環境によっては資格取得や技術習得などで時間を費やされることに消極的な可能性もあるでしょう。また、成長分野への労働移動の円滑化について、実際には、転職後に給与が下がる可能性があり、企業側が雇用についての考えを改められるかといった点で不透明さが残ります。
働き方や雇用の流動性を向上させるといった、セーフティネットにもかかわる政策は、裏を返せば財源の問題にも直結するため、増税や社会保険料などの増加を想起させがちです。
今後数年かけて、個々の政策についてより具体的な中身が議論されていくことになるかと思われますが、その過程でどのような報道がなされ、どのような世論が形作られていくのか。若い世代の所得を増やすという基本理念を、他の世代がどのように受け止めるかが鍵になるのではないでしょうか。
まとめ
人はそれぞれ、さまざまな境遇で生きています。ある政策が全ての人に等しく当てはまるわけではありません。同じ政策であっても、人それぞれの境遇によって、利益となることも、損失となることもあるでしょう。自分にとっては良い政策でも、他者にとっては悪い政策かもしれないのです。そのとき、人は何を感じ、どう振る舞おうとするのでしょうか。
若い世代の所得を増やすという基本理念は、岸田政権にとって「再分配」をどのように実現するかという、まさに金字塔となり得る政策です。岸田政権の掲げる「新しい資本主義」の具体的な中身が、「こども未来戦略方針」を通じて、今まさに見えてきました。
2016年6月、安倍政権が掲げた「ニッポン一億総活躍プラン」を土台にし、これを加速させる大きな一歩となるかどうかは、私たち国民はもとより、企業やメディアも大きな役割を担っているといえるのではないでしょうか。
出典
内閣官房 こども未来戦略会議 こども未来戦略方針
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)