更新日: 2023.09.27 その他暮らし

川崎市公立小学校「プール水出しっぱなし」の教員に「95万円」の損害賠償!? 教員への損害賠償額は妥当なのか?

川崎市公立小学校「プール水出しっぱなし」の教員に「95万円」の損害賠償!? 教員への損害賠償額は妥当なのか?
5月に川崎市で起きた、教員がプールの水を出しっぱなしにした事案。教員と校長に対して損害賠償が求められ話題となりました。この事件、公務員なら他人(ひと)ごとではないでしょう。
 
プールの水を出しっぱなしにしてしまう不手際は各地で発生し、担当教員等に水道料金の半額程度の賠償請求が行われる事例も見られます。とはいえ、学校の管理体制にも問題があったのでは、という疑問もわくでしょう。
 
本記事では他の事例も交え、法的な考え方と現場の実務の注意点を解説します 。
玉上信明

執筆者:玉上信明(たまがみ のぶあき)

社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー

川崎市のプールの水出しっ放し事件の概要

話題となっているのは、川崎市内の公立小学校で男性教員がプールの水を出しっぱなしにしてしまい、約190万円の水道代が無駄になってしまったという事件です。事件の概要は次のとおりです。
 
5月17日午前11時頃、男性教諭が屋上プールのスイッチを操作して注水を開始。このとき、ろ過装置の誤作動を知らせる警報音が鳴りました。教諭は警報音を止めるためブレーカーを落とし、注水スイッチも切ったつもりでしたがブレーカーが落ちていたため機能せず、注水が続きました。そして5日後の22日まで注水が続き、用務員によって止水されたそうです。
 
流出した水は約220万リットル、上下水道料金に換算すると約190万円にまで及びました。川崎市の教育委員会は、教諭がブレーカーを独断で落としたのは重過失、校長もプール注水の手順書整備が不十分として、水道料金約190万円の半額にあたる約95万円を教諭と校長に請求しました。
 
この報道に抗議のメールや電話が市教委に殺到。多額の損害賠償を教員個人が負うことへの疑問や、教員の労働環境の見直しを求める声も上がっています。
 

川崎市の半額請求の根拠は類似事件の扱いにならったもの

川崎市の半額請求は他の類似事件を参考にしたとされています 。類似事件とは、過去に東京都で起きた住民訴訟判決や、横須賀市、高知市の事例を示しています。それぞれの事件の概要は以下のとおりです。
 
2015年の東京都の事件は、都立高校でプールのバルブ締め忘れのため8日間で水道代約116万円の損害が生じたものです。都は関係教職員の重過失として、損害の半額58万円を請求しました。
 
ところが、住民から「関係教職員が全額負担すべき。関係ない都民に振るべきではない」として住民監査請求が行われました。都は監査請求を棄却しましたが、住民は東京地裁に住民訴訟を提起。東京地裁は都の判断を妥当とし請求を棄却しています 。
 
横須賀市の中学校の事件は、2021年6月下旬から約2ヶ月半にわたり、担当教員が新型コロナウイルス感染対策のためとしてプールの水を常に入れ替えようと給水し続けたものです。給水量は約423万リットルにも及び、市は損害額350万円の半額にあたる約174万円を担当教員と校長、教頭に分担して支払うよう請求しています 。
 
同年7月の高知市の小学校の事件は、担当教員がプール水の給水止め忘れにより約265万円の損害が発生。関係職員3名に対して5割を請求したものです。
 

半額の損害賠償の法的根拠は「民法」

このような事件で、地方自治体が教員に半額程度の損害賠償を求める根拠は次のとおりです。
 
教員は民間企業の従業員同様に、故意・重過失等の場合のみ賠償責任を負う、それも全額の負担ではない、と考えられています。また国家賠償法では、公務員が公務執行にあたって萎縮することがないよう、単なる過失では責任を負わないこととしています 。
 
一方で、民法では会社等が従業員の行為で損害賠償責任等を負った場合、信義則上相当な範囲で従業員に損害賠償や求償ができます。これは、地方公共団体とその職員との関係にも適用され、故意重過失の場合のみ責任を負う、とされています。このことからさまざまな事情を考慮し、半額程の請求にするのが一般的となっているようです 。
 

川崎市の対応はなぜ批判を浴びたのか

川崎市の対応は上記のとおり、他の地方自治体の対応と同様と考えられます。
 
にもかかわらず批判を浴びたのは、教員の過重労働が大きな問題となっている昨今、思いがけず巨額の賠償責任を負う可能性があるなら教員のなり手がいなくなる、という懸念も大きいのでしょう。
 
教員のミスに起因するとはいえ、100万円超の損害が簡単に発生するのは、管理体制の根本的な問題とも考えられます。また、教員の業務の範囲について問う声が学校内外で高まっていることも、批判を浴びる要因になったのかもしれません。
 

基本的な管理体制の再検討が求められる

全国の学校でプールの水を出しっ放しにする事故が相次ぎ、巨額の損害が生じています。こうした事故を防ぐためには、ミスをした人の責任追及にとどまらず、基本的な管理体制の構築が必要と思われます。ミスの未然防止、早期発見、対処の仕組みを備えることは、管理体制の基本です。
 
また、教員がプールの施設管理や水質管理をするのは本当に当たり前なのか、という疑問を持つ人も増えています 。現場の注意のみではなく、学校全体の管理体制を考え直すことが、いま求められているのかもしれません。
 

出典

e-Gov法令検索 国家賠償法
e-Gov法令検索 民法
e-Gov法令検索 地方自治法(第十節 住民による監査請求及び訴訟)
東京都監査事務局 プール水の流失事故において原因者に損害の賠償を求める請求権の行使を怠っているとしてその行使を求める 住民監査請求の監査結果について
高知市 高知市職員措置請求監査報告書
 
執筆者:玉上信明
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー

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