2025年、日本はどう変わる?「団塊の世代」後期高齢者入りで社会はこう動く!
配信日: 2025.02.27

そこで今回は、「人は環境のなかで生きている」という点に着目し、2025年という節目の年に当たる今、私たちは何を考える必要があるのか、考えていきます。

執筆者:重定賢治(しげさだ けんじ)
ファイナンシャル・プランナー(CFP)
明治大学法学部法律学科を卒業後、金融機関にて資産運用業務に従事。
ファイナンシャル・プランナー(FP)の上級資格である「CFP®資格」を取得後、2007年に開業。
子育て世帯や退職準備世帯を中心に「暮らしとお金」の相談業務を行う。
また、全国商工会連合会の「エキスパートバンク」にCFP®資格保持者として登録。
法人向け福利厚生制度「ワーク・ライフ・バランス相談室」を提案し、企業にお勤めの役員・従業員が抱えている「暮らしとお金」についてのお悩み相談も行う。
2017年、独立行政法人日本学生支援機構の「スカラシップ・アドバイザー」に認定され、高等学校やPTA向けに奨学金のセミナー・相談会を通じ、国の事業として教育の格差など社会問題の解決にも取り組む。
https://fpofficekaientai.wixsite.com/fp-office-kaientai
私たちを取り巻く社会環境の現在地
2025年はいわゆる、「団塊の世代」が後期高齢者(75歳以上)になる年です。いよいよここから、高齢社会における諸問題が顕在化しやすくなることが予想されます。
具体的には、例えば医療・福祉の分野において、人手不足を原因とするサービスの低下が目立つようになること、また、孤独・孤立といった社会問題が取り上げられる頻度が高まることが考えられます。
社会学の分野において「核家族」が現代社会における問題と指摘され、かなりの年月がたちました。その先に「個人化」という現象の広がりがありますが、社会の連帯が希薄化する傾向は今後も続くのではないでしょうか。
国は「地域共生社会の実現」を目指していますが、バラバラになりつつある個人のつながりを取り戻すという「共同体の回復」に向けて、地域社会が協力し、みんなで助け合える方法を模索しています。しかし現実に周りを見渡すと、商店街が消え、お祭りの担い手が減るなど、目に見える形で共同体の衰退が進んでいます。
「高齢の親の面倒を家族で見切れない」という介護の問題や、共働き世帯が増えるなか、幼い子どもを保育園に預けるのが当たり前になりつつある育児環境などもあります。
また、結婚を希望する若者が減り、家族を持たない選択肢が広がりを見せるなか、「103万円の壁を178万円に引き上げる」という国民民主党の提案が受け入れられない光景を私たちは目の当たりにし、憎悪に満ちた姿なき声がSNS上で噴出しました。
さて、戦後の復興を経て、この国は「脱工業化」を果たしました。人々は豊かになり、経済的な自由を手に入れ、行きたいところに行き、やりたいことができる社会を手に入れました。これは経済的な豊かさを背景とした自己決定が確立されたことを意味します。
その後、個人の尊重が叫ばれ、多様性が叫ばれ、私たちはどこまでも自由であることがあたかも価値あることであるかのように捉えるようになりました。その行き着いた先で、さまざまな社会問題が沸き起こっています。
環境が変わると、私たちの暮らしも変わる
図表1
※筆者作成
私たちは皆、ある環境の下で生きています。
世界のなかの日本、日本のなかにあるそれぞれの地域社会、その地域社会のなかに家族という最小単位の共同体があり、そのなかに私個人がいます。私たちは自分だけで生きているわけではありません。個人を取り巻くさまざまな環境がもたらす影響を受けながら、助け合い、協力し、生きています。
環境への理解があって、初めて個人の置かれている状況を理解することができます。
コロナが終わり、物価が上昇しました。私たちの家庭を取り巻く経済環境は「コストプッシュ型のインフレ」と呼ばれ、物価の上昇に賃金の伸びが追いつかず、家計を圧迫する状況が続いています。
しかし、103万円の壁は123万円までしか引き上げられず、減税の効果は家計にとって微々たるものになると考えられています。
また、近年は少子化が進んでいます。2024年の出生者数は70万人を切り、戦後最小になったそうです。子どもの数が減っているにもかかわらず、大学の数はほとんど減らないばかりか、高等教育にかかるお金は年々増加しています。
2019年10月、幼保無償化が実現されましたが、その背景には、幼保無償化も影響していると考えられます。事実上、高校まではそれほどお金がかからなくなりました。そのかいあってか、子どもを私立の小中学校に通わせる家庭が増え、私立中学受験がひとつのブームになっています。
「子育てにかかる経済的な負担を抑制するための支援が、逆に、子育てに必要なお金を増やしている」という矛盾が足元で起きています。
仕事と家庭の両立に関してはどうでしょうか。ワーク・ライフ・バランスにより、かつてと比べ私たちの働き方は変わりました。父親も育児に参加し、家庭生活の満足度は多少上がったかもしれません。しかし、一方で、残業などの労働時間が制限され、家計における収入が減ってしまったという指摘も出ています。
これらは全て、環境の変化が私たちの暮らしに影響を及ぼしている例といえます。
制度という環境のなかに個人の選択がある
なぜ、106万円の壁が撤廃されるのか。端的にいえば、現役世代が将来受け取る年金をできるだけ減らさないようにするためです。
では、106万円の壁を撤廃しなければどうなるのかというと、「現行の年金制度を維持することが難しくなる可能性が高まる」と考えられています。
しかし、私たちは「厚生年金の保険料を支払うと可処分所得が減る」と考え、全体像を見渡したうえで考えることはほとんどしません。
昨年末、「iDeCo改悪」というワードがXでトレンド入りしました。iDeCoで積み立てた金額を退職金として受け取る場合、今後現行の5年ルールが延長され10年ルールに変更されることで、一部の加入者にとって所得税法上不利益が発生する可能性が指摘されたのです。
しかし、そもそもiDeCoは個人型の確定拠出“年金”です。積み立てたお金の受け取り方には、退職金(一時金)として受け取る、分割し年金として受け取る、両方を組み合わせる、という3つがあります。
政策の意図は公的年金の補完であるため、月々の収入を少しでも目減りさせないようにすることを目的にし、確定拠出“年金”と名前にあるとおり“年金”として受け取るのが自然です。
iDeCoは、年金制度を維持するという枠組みのなかで考えられている制度です。しかし、所得税の多寡に着目し、退職金として受け取ろうという人が一定数はいます。受け取りについての考え方が人それぞれであることは制度上認められていますが、全体的な制度設計の目的からすると必ずしも合致しているとはいえません。
このように、全体像を理解せずに個別具体的な切り口に着目してしまうと、総論と各論の間でズレが生じてしまいます。これを言い換えると、「みんなのためか、自分のためか」という視点の違いで結果が変わる可能性があるということです。このため、制度の全体像を理解したうえで個別の方法論を検討するというアプローチが求められます。
個人の生き方は社会秩序の変化を見ながら考える
2025年1月20日、アメリカでは第二次トランプ政権が誕生しました。
ドナルド・トランプ氏の掲げている政策のひとつに、関税の引き上げがあります。これは貿易不均衡の是正やアメリカ経済を強くするといった目的があるとされていますが、国民生活に豊かさを取り戻そうとする政策といえます。
また、減税も第二次トランプ政権の目玉政策のひとつとされています。減税により経済的格差の広がった国民の所得環境を改善するという狙いがあります。しかし、これらの政策が実行されると、物価の上昇を招き、政策金利の引き下げに遅れが生じることで、国民の生活が圧迫される懸念も出ています。
また、2024年に日本では衆議院議員選挙が実施され、政権与党は少数与党になりました。国民民主党の掲げる「103万円の壁を178万円に引き上げる」という政策が注目を浴びましたが、結果として123万円にまでしか引き上げられなかったことに、憤りを感じた人は多かったのではないでしょうか。
そして2025年7月、参議院議員選挙が予定されています。政権与党への不満や不信感が増幅するなか、国民の声がどのように政策に実現されるかに注目が集まっています。
このように見ると、私たちは変化の度合いが激しい社会を生きているように感じます。
社会環境が大きく変わると、国民の暮らしも大きく変わります。これは、政府に対する国民感情が大きく揺れ動くことでも起こります。国民感情の揺れは個人の生き方を反映するものです。個人の生き方が不安定になると、それに呼応するかのように、政権の掲げる政策が大きく揺さぶられます。
私たちはある土地に根差して生きています。地域社会はその集合体です。私たちの生活の基盤を成す地域社会が変貌するということは、一重に、個人の生き方が大きく変化していることを意味します。
確かに、個人の生き方は千差万別なるものです。しかし、個々人が完全に好きなように生きてしまうと社会秩序は保たれません。
実際、アメリカでは社会秩序の変貌に対する揺り戻しとして再びトランプ政権が誕生しようとしています。日本では長らく続いてきた自公政権において、社会秩序が変貌したことへの不満が爆発しかけているのかもしれません。
個人の生き方と社会の秩序の間には、相互作用が働きます。これら2つの関係に不均衡が生じたとき、世の中においてコントロールできないと感じるほどの変化が生じます。私たちは自由な意思を行使し、社会の秩序を形作っています。そして、社会の秩序が変わろうとするとき、私たちの自由意志もまたそれに呼応するように変化します。
今、私たちは変化を体現しているのかもしれません。時代の変化を感じながら、将来どう生きていくかを模索する段階に来ています。
まとめ
変化が激しいことを、「ボラティリティーが高い」といいます。投資の世界でよく使われる言葉ですが、同時に将来に対する不透明性が高いことも表しています。
第二次トランプ政権誕生後、世界経済はどうなるのか。日本の政治は今後安定するのか。私たちの暮らしを取り巻く社会環境は将来どのように変貌していくのか。私たちは今、このようなボラティリティーの高さに直面し、大きく心を揺さぶられています。
ボラティリティーが高いときの対処法は、2つあります。ひとつは変化の波に思い切って乗ってみること、もうひとつはいったん立ち止まって考えてみることです。
前提として、世界や国内の秩序がどう変化するかを俯瞰(ふかん)的に読み取ることが求められますが、どのような選択をするかは自分自身にかかっています。
お金の知識は自分がどのように生きるかを模索するうえで役立ちます。変化の激しい今だからこそ、マネーリテラシーを伸ばし、家族という共同体、つまり足元の暮らしを固める必要があるのではないでしょうか。
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)