更新日: 2022.09.13 その他老後
【高齢者の資産運用】 株式から預金へのシフトは正解なのか?
実際、病気やけがなどでかなりの出費が必要になると、預貯金を中心に金融資産をもっていたほうが、相続の際も困らないかもしれません。あるいは、相続を考え評価が下がる不動産を所有する方もいます。
インフレで預貯金は実質目減り
米国をはじめ、多くの国でインフレが急速に進んでいます。日本のインフレの進行はそれほどではありませんが、今後は予断を許しません。それよりも、現在銀行などに預けた際の定期性の預貯金の金利は微々たるものです。現状ですら、預貯金は実質目減りをしており、今後さらに目減り幅は拡大する可能性があります。
特に高齢者が、株式や投資信託をリスク資産と考え売却し、銀行などの定期預金への移し替えは、これまで肯定されてきましたが、できれば避けたい行動です。
確かに定期預金は解約には手間がかかり、簡単に引き出せない安全性をメリットに感じる方もいて、信用度の高い商品です。ただ、現在では普通預金と定期預金の金利差はほとんどなく、定期預金で保有するメリットはありません。
さらに、相続の際に定期預金を解約するには、故人の戸籍謄本をすべてそろえるなど手間がかかり、遺族が苦労します。
普通預金であれば、キャッシュカードの情報を共有していれば、相続が発生した後でも、カードで引き出すことができ、葬儀費用として利用できます。代理人カードの利用も効果的です。普通預金は金融機関に届け出ない限り、名義人が亡くなった後でも引き出し可能です。役所に死亡届を出しても、普通預金の口座が凍結されることはありません。
株式や投資信託などのリスク資産は、高齢になっても、インフレと円安のダブルパンチに見舞われている日本の現状では、売却をせずに持ち続けるのが得策といえるかもしれません。安全資産と思える預貯金への移し替えは慎重にしたいものです。
株式などを長期保有するメリット
リスク資産として扱われる株式ですが、ポイントは上昇と下落を繰り返しながらも、10年、20年の長期で見ると、上昇基調にあることがわかります。
問題は、大部分を株式などのリスク資産に注ぎ込み、急に現金が必要になった時期が株式の下落基調に遭遇し、損失を出してしまうケースです。これは金融資産のすべてを、株式などに集中しないことで解決できます。個人により事情はことなりますが、最低限の預貯金の確保が必要なことは、いうまでもありません。
これまで余裕資金を株式などで運用してきた方は、自分が高齢になった、判断力が大幅に落ちた、などと感じたとしても、こうした資産を解約し、預貯金への移し替えを急ぐ必要はないと思います。特に高齢で判断力に自信が持てない場合は、家族のサポートを前提とした運用を考えることをお勧めします。
親子による2世代運用のススメ
例えば80歳を過ぎ判断能力に自信がなくても、サポートしてくれる方が近くに居れば問題は解決できるかもしれません。もちろん証券会社の担当者などが、長期保有を歓迎する立場から、高齢者向けに親切にサポートをしてもらえる可能性もあります。しかし自社の新商品に誘導することもあり、必ずしも本人の意向が反映されるとは限りません。
そのため、ネット取引が主流となっている今、子どもやおい・めいなどの親族に、本人の希望を伝えサポートを仰ぐ方法がよいでしょう。将来の相続も見据えた対応となります。相続を前提とした2世代運用をすることで、依頼された方も、運用に関する知識も習得、無理な売買をせずに、資産を棄損させる可能性も低くなります。
本人の認知機能が衰えることを見越して、証券会社がもっている代理人制度や、公的な家族信託制度の活用も検討します。このことにより、高齢者の資産を、投資から貯蓄に移行しないで済みます。
このような対応により、インフレや円安に見舞われ、目減り必至の預貯金に比べ、目減り額を抑え、場合によっては資産を増やすことも可能です。特に子どもが親の資産状況を正しく把握することで、親の判断ミスも防いでくれるかもしれません。ただし、複数の子どもがいて子ども同士の仲が悪い場合は、誰に依頼するかで、将来の紛争のタネにならないよう、注意も必要になります。
株式などの値下がりリスクは皆無ではありませんが、預貯金では期待はできない配当収入を定期的に得ることができ、長期保有による値上がり益も期待できます。
生前贈与を進めるのも1つの手段
株式などの一部を、早めに子どもへ贈与するのも1つの方法です。この場合のメリットは、贈与により、子どもの家計への支援になると同時に、相続財産総額が減り節税対策にも役立つことです。ただし、これらを実行するには、親世代がある程度金融資産を保有しており、子ども世代に贈与をしても、親世代の家計が苦しくならないことが前提となります。
子どもが株式などのリスク資産の保有が少ない場合は、親から引き継いだ株式などを運用する自覚が芽生えるでしょう。2世代での資産運用になり、長期運用によるメリットも生まれます。もし親が多くの株式や投資信託を解約し、預貯金に移し替えていると、こうしたメリットは生まれてきません。
贈与による節税対策にも適しています。今後毎年少しずつ贈与する「暦年贈与」は難しくなりますが、相続時に2500万円まで非課税枠がある「相続時精算課税」を利用するのには適しています。親の財産を合理的に減額でき、将来起こる相続時点での、相続税額を少なくすることができるからです。
こうした観点からも、高齢者が株式などの資産を売却し、預貯金を中心に資産を保有する、というこれまでの流れは見直す時期に来ているといえます。
執筆者:黒木達也
経済ジャーナリスト
監修:中嶋正廣
行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引士、資格保有者。