【カンタン解説】トイレットペーパーに学ぶ「MMT」(現代貨幣理論)
配信日: 2020.05.24
政府の感染症対策や経済対策を通じて、緊急事態宣言や外出自粛はもちろんのこと、事業融資や所得補償、消費税減税などのテーマが話題になりました。それに伴い、国債発行、MMT(Modern Monetary Theory・現代貨幣理論)というキーワードも同様に注目を集めてきています。
MMTには賛否両論ありますが、個人的に実感していることがあります。この概念を理解しておくと、われわれの貨幣観(お金に対する価値観・捉え方)が大きく変わるのではないかと思っています。
それによって、お金を賢く貯めることにつながり、積立投資などの資産形成に役立ちます。そして何より、世の中の動きを理解することで、仕事やビジネスが楽しくなってくるのではないかと考えています。
そこで時事ネタを通じて、少しずつMMTの世界に触れていくことにしましょう。
理論の詳細な部分を研究するということではなく、MMTの概念がわれわれにどう役に立つのか、どう日常生活や貯蓄行動に生かしていけるのかという観点から、MMTという言葉を聞いたことない方々に、その概念を少しずつお伝えできれば幸いです。
執筆者:野原亮(のはら りょう)
確定拠出年金相談ねっと認定FP
確定拠出年金創造機構代表
https://wiselife.biz/fp/rnohara/
現東証1部上場の証券会社に入社後、個人営業・株式ディーラーとして従事。口座残高が当初20万円のお客様が2,000万円になったことも。その後、営業マーケティング会社に転職。生涯担当顧客は1,000名超。 2016年に確定拠出年金専門のファイナンシャルプランナーとして開業。法人への企業型確定拠出年金制度の導入を中心に、個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)制度の普及にも努めている。生活に密着したお金の話は「人生有限、貯蓄無限」と考え、公的年金や資産運用のアドバイスも。2017年、DVD「一人社長・夫婦経営の社長のための確定拠出年金」を出版
https://www.amazon.co.jp/dp/B073JFYMQV
トイレットペーパー買いだめ騒動
コロナショックの影響で誤った情報が流れ、スーパーなどの店頭から、トイレットペーパーが瞬く間に売れてしまったことは記憶に新しいかと思います。国内で流通しているトイレットペーパーはほとんどが国産で、仮に中国との貿易が途絶えたとしても品切れになることはありません。
ところが過去のオイルショックの影響なのか、人々が買いだめに走り、結果的に販売サイドの「供給能力を超えた」ことにより、品切れ続出となってしまいました。
●自己実現的予言
「トイレットペーパーがなくなる」という誤った認識により、人々は行列を作り買いだめに走りました。
買いだめしようと思った方も、本当にトイレットペーパーを必要としていた方も、結果的には「行列に並ぶ」という同じ行動をとってしまうという状況になり、本当に商品棚からトイレットペーパーがなくなってしまいました。
このように、当初の誤った状況認識が誤った行動を促し、その行動により、当初の誤った状況が見事に現実化してしまうことを「自己実現的予言」といいます。
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合成の誤謬(ごびゅう)
一方、別の見方をすることも可能です。平時に「非常時に備えて常に生活必需品や防災対策をしておきましょう」といってもなかなか響きません。ところが実際に非常時になってしまうと、日常生活の物資を貯めておかなかった場合は、どうしても買いだめに走ってしまうかもしれません。
日常生活の物資を買いだめしておくという、個々における正しい行動が、非常時においては不要な行列や買いだめを招くことになります。結果として、社会全体としては不利益になってしまうのです。これが「合成の誤謬」です。
●国が借金を返すことが民間の不利益になる
「国が借金を返す」(国債償還で、国が元本とその利子を支払う)ということが、どのように民間(企業・家計)に影響を及ぼすのでしょうか。われわれ個人の家計においては、借金を返すことは一般的には好ましいことです。ところが、これを国にそのまま当てはめることはできないのです。
国が借金をする(国債を発行する)ことによって、民間に対して支出をすると、民間に流通する貨幣の総量が増え、その分民間の貯蓄(預金)は増えます。逆に借金を減らす(国債残高を減らす)と、民間に流通する貨幣の総量が減りますので、その分民間の貯蓄が減ってしまう、という構造になっています。
つまり、国が借金を返すということは、民間に流通するお金の総量を減らしてしまうことになります。コロナ恐慌下では、お金を必要とする方々に届けられなくなる可能性が高まります。
そこで借金を減らすのではなく、逆に増やそうとすることでバランスがとれるわけです。個人(家計)にとっては利益となることであっても、経済という全体のなかで見れば、民間にとって不利益となるわけです。
MMTにおける貨幣の発行と利用
●貨幣の発行者と利用者は誰か?
国が単純に借金を返すということは、必ずしも全体の利益とはならない、とはいったいどういうことでしょうか。日本国内において、経済を構成しているのは「国・企業・家計」であり、貨幣の発行者は国だけです。
企業と家計は貨幣の利用者です。利用者である企業や家計にとっての借金は、発行者である国にとっての借金と同列で語ることはできないのです。家計や企業などにとって、借金を返すことは一般的にはよしとされますが、経済全体で見れば不利益につながってしまいます。
<図1>3つの経済主体「政府・企業・家計」
●GDPに見る、国が借金を返すことの意味
国の成長を表すGDP(一定期間における国内で生みだされた付加価値の合計)、という言葉を聞いたことがあると思います。
国内に限定すると、誰かの支出と同額のものを誰かが生産・供給していて、その同額のものが誰かに所得として分配され、それぞれの合計は一致するという仕組み(三面等価の原則)になっています。
つまり、GDPは誰かの支出の合計であり、誰かの生産の合計でもあり、誰かの所得の合計でもあります。
支出という側面で見れば、「国の支出+企業の支出+家計の支出」が、国の成長を表すGDPを構成しています。コロナ恐慌のように、感染症による命の危機と、売上消滅による経済的な危機が同時に起こってしまうと、企業と家計の支出(設備投資や消費)が急速にしぼんでしまいます。
その分、国が支出をしなければ企業と家計の需要は生まれない、という単純な構造です。まさに「誰かの支出は、他の誰かの所得」ということになります。この構造を踏まえると、政府による経済対策(事業融資や所得補償)という話を理解しやすくなると思います。
●世の中の常識は時代とともに変わる
以上、MMTの概念世界に触れてみるきっかけになればと、時事ネタをベースにその一部をご紹介しました。筆者としては、国の政治や政策について議論していきたいわけではないことはご理解ください。
積立投資の初心者の方々に正しい貨幣観を学び、いずれは家計管理や資産形成の役に立てていただきたいと願っています。筆者は日本においては、キャッシュレス決済の普及が正しい貨幣観への道を開くと思っていました。
ところが現実はもっととんでもないことが起こりました。コロナ恐慌を機に、世界中で何かの価値観が大きく変わっていくでしょう。そのひとつがまさにいままで常識だった「貨幣観」なのかもしれません。次回以降も少しずつご紹介していきましょう。
執筆者:野原亮
確定拠出年金相談ねっと認定FP