昇給したのに手取りが減った? 厚生年金の“上限75万円ルール”がもたらす影響とは
今回は、その歴史と概要について説明していきます。
サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー
東京の築地生まれ。魚市場や築地本願寺のある下町で育つ。
現在、サマーアロー・コンサルティングの代表。
ファイナンシャル・プランナーの上位資格であるCFP(日本FP協会認定)を最速で取得。証券外務員第一種(日本証券業協会認定)。
FPとしてのアドバイスの範囲は、住宅購入、子供の教育費などのライフプラン全般、定年後の働き方や年金・資産運用・相続などの老後対策等、幅広い分野をカバーし、これから人生の礎を築いていく若い人とともに、同年代の高齢者層から絶大な信頼を集めている。
2023年7月PHP研究所より「70歳の現役FPが教える60歳からの「働き方」と「お金」の正解」を出版し、好評販売中。
現在、出版を記念して、サマーアロー・コンサルティングHPで無料FP相談を受け付け中。
早稲田大学卒業後、大手重工業メーカーに勤務、海外向けプラント輸出ビジネスに携わる。今までに訪れた国は35か国を超え、海外の話題にも明るい。
サマーアロー・コンサルティングHPアドレス:https://briansummer.wixsite.com/summerarrow
標準報酬月額の上限拡大の背景
厚生年金保険は、会社員など被用者の老後生活を支える柱として機能しており、賦課方式による仕組みの下、現役世代が保険料を拠出して高齢世代の給付を支えています。
しかし少子高齢化が進展するなかで、保険料収入をより安定的に確保する必要があり、高所得層の報酬を実態に近い形で反映させるために標準報酬月額の上限拡大が検討されました。もともと標準報酬月額は60万円台前半で打ち止めとなる等級が最上位でしたが、それを超えて高収入を得ていても追加の保険料は発生しないという状態だったのです。
具体的には、2016年以降の段階的な改正や政令改正を通じて、上限の等級を引き上げる形で対応がなされました。
標準報酬最高上限額は、2020年9月1日に第31等級の62万円のうえに第32等級の65万円が追加され、上限額が引き上げられました。さらに今後、この上限額を75万円に引き上げることが検討されています。
このような改正は、国庫負担だけで社会保障費を賄うことが難しくなった現在、負担能力のある高収入層にも一定の保険料を負担してもらうという趣旨が強いといえます。
賞与からの厚生年金保険料徴収
一方、賞与に関しても、年間支給額のうち一定の範囲(具体的には年間573万円まで)を標準賞与額として計算し、そこに保険料率を乗じて保険料を算出します。高額な賞与を受け取ったとしても、上限を超えた部分には保険料がかかりません。
2003年までボーナスには保険料がかかっていませんでしたが、標準賞与額を導入し、高所得者からより多くの資金を集める意図があります。
2003年の法改正までは、健康保険にはボーナスに対する保険料の課徴がなく、厚生年金保険だけが段階的に賞与を算定対象としていました。そこで、医療保険財政の切迫や公平性の問題などを背景に、健康保険にも賞与への課徴が導入され、年間合計573万円までを「標準賞与額」として保険料を課す仕組みが定められました。
当初は段階的に上限が引き上げられ、最終的に年間573万円で固定されました。これにより高所得者の賞与にも保険料を広く負担させ、社会保障財源の確保を図る一方、過度な負担が生じないよう上限を設定しています。
結果として、ボーナスからも健康保険料が差し引かれるため手取りの減少を実感する場面が増えましたが、財政面の安定と負担の公平性を強化する効果があるとされています。
企業・被保険者への影響
標準報酬月額・賞与の上限が引き上げられることによって、まず直接的な影響を受けるのは高収入の被保険者とその事業主です。上限を超えていた分の報酬・賞与が新たに保険料算定の対象となるため、以下の点が挙げられます。
1. 個人の負担増
収入が高い人ほど、拡大された範囲で保険料を多く払う必要があります。具体的には、標準報酬月額が数万円単位で上がるごとに、月額数千~1万円を超える負担増が生じることもあります。さらに、賞与においても上限拡大分に比例して保険料がかかるため、年間の社会保険料負担が実質的に増えていきます。
2. 企業の人件費増加
厚生年金保険料は労使折半のため、被保険者の個人負担が上がるのと同じ割合で事業主の負担も増えます。高額報酬の役員・管理職が多い企業などは、特に保険料負担の影響が大きくなります。さらに、健康保険(組合健保や協会けんぽ)でも上限拡大や料率上昇が進んでいるため、トータルの社会保険料負担が経営を圧迫する要因となり得ます。
3. 将来の年金額への影響
上限拡大によって、これまで反映されていなかった賃金や賞与の一部が報酬比例部分に含まれるため、結果として将来の老齢厚生年金の受給額が増える可能性があります。
高収入層にとっては、その分だけ「払った保険料が将来の給付に反映されやすい」というメリットがあります。ただし、高齢化による給付費増大が続く中、年金制度全体の調整(マクロ経済スライドなど)もあり、単純に拠出分がそっくりそのまま返ってくるわけではありません。
4. 制度全体への影響と課題
標準報酬月額や賞与の上限拡大は、高齢化社会に対応するための一策として位置付けられます。より多くの保険料を集めることで年金財源を厚くし、将来的な給付水準をできるだけ確保しようという狙いです。
しかし、その一方で「高所得者への負担をどこまで求めるべきか」という公平性の問題や、企業にとってのコスト負担の増大、さらに所得再分配機能とのバランスなど、今後も議論を呼ぶ要素が残ります。
また、一般の労働者においても、仮に昇給や役職手当のアップなどによって標準報酬月額が上の等級に進むと、手取り収入の増加が思ったほど伸びないケースが出てきます。
こうした「社会保険料負担の増加による実質賃金の目減り」は個人の消費行動やライフプランにも影響を及ぼすため、国としては医療・介護を含めた社会保障全体の持続可能性と、国民の生活水準維持との両立をどう図るかが重要課題となっています。
まとめ
厚生年金保険における標準報酬月額と賞与の上限拡大は、高所得層や企業にとって負担を増やす方向に働きますが、それは社会保障財政を維持・強化するために必要と考えられている側面があります。
拡大された上限により、その分だけ将来の年金給付が増える可能性も否定できませんが、実際には少子高齢化の進行やマクロ経済スライドの影響などで、給付水準の確保がどの程度実現できるかは不透明です。
いずれにせよ、標準報酬月額・賞与上限の拡大は、被保険者個人や企業にとって社会保険料の実質的な引き上げとなり、働き方や給与の在り方にも微妙な影響を及ぼすため、引き続き注目すべきテーマといえるでしょう。
執筆者 : 浦上登
サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー
