更新日: 2019.01.11 その他暮らし

暮らしを支えている?飼料米について

執筆者 : 毛利菁子

暮らしを支えている?飼料米について
近年、飼料米という言葉をよく聞くようになりました。消費者の目に触れることはありませんが、私たちが気づかないうちにお世話になっているかもしれません。
飼料米(飼料用米)とは、平たく言えば「家畜のエサにする米」です。今や全国で栽培され、「輸入トウモロコシの代替品」として牛、豚、鶏のエサとして使われるようになりました。
今や畜産飼料の自給率を3割まで押し上げた立役者・飼料米の特長や安全性、資源循環型農業への貢献度などを知っておきませんか。
毛利菁子

Text:毛利菁子(もうり せいこ)

農業・食育ライター

宮城県の穀倉地帯で生まれ育った。
北海道から九州までの米作・畑作・野菜・果樹農家を訪問して、営農情報誌などに多数執筆。市場や小売り、研究の現場にも足を運び、農業の今を取材。主婦として生協に関わり、生協ごとの農産物の基準や産地にも詳しい。大人の食育、大学生の食育に関する執筆も多数。

東日本大震災時、飼料米が家畜の命を救った

 
農林水産省は、1980年には「国産の米や麦を飼料として生産する必要がある」と指摘しました。先見の明がありました。
 
しかし、飼料米に光が当たることはありませんでした。
ところが2007年以降、海外でバイオ燃料ブームが起こり、原料となる穀物相場が高騰します。飼料を輸入穀物に依存している日本の畜産業界は、コスト増に悲鳴を上げることになります。その頃から、農水省を中心に飼料米の普及が本格的に進められました。
 
飼料米の価値が大きく評価されたのは、2011年3月の東日本大震災の時でした。大津波に襲われた東北の太平洋側の港湾部には、大型穀物輸送船で運んできた輸入穀物を配合して飼料にするコンビナートがありました。
 
それらの建物は壊滅的な被害を受け、すべての工場の操業は停止。東北地方の畜産業へのエサの供給は断たれてしまいます。交通網も寸断されていたために、被害のなかった地域から迅速に飼料を運ぶこともできませんでした。
 
長期に亘り、飼料の供給がストップした結果、多くの家畜が餓死するという事態に陥りました。
 
このとき、飼料米をエサとして与えていた畜産農場は米の在庫があったことで、家畜の犠牲を最小限に抑えることができたのです。それでも、十分な量のエサを与えることはできませんでした。秋田県のある養豚農場では、豚が痩せて背骨が浮き出して見えた、母豚が流産した、という話を聞きました。
 
飼料米がなかったら2/3の豚は死んでいたはずだと言います。
これを契機として、コスト増がネックになって積極的な導入をためらっていた感のある畜産業界も、飼料米の利用に目を向け始めました。
 

飼料米は安全性に配慮して育てられている

 
畜産業での飼料米利用が進み、飼料米生産が上向けば、食料自給率の向上にも大いに寄与します。トウモロコシと同等の栄養価がある飼料米は、輸入トウモロコシに替わる家畜のエネルギー源となるのです。これからの畜産業に欠かせない飼料米とは、どんなものなのでしょうか。
 
品種は主食用米とは違います。味や粘りを重視するのではなく、「収量が多い」、「米の粒が大きい」、「病気に強い」、「栽培しやすい」品種です。各地方の気候に合った品種が数多く生まれています。
 
東北では「べこごのみ」や「べこあおば」、九州では「モグモグあおば」など、いかにも家畜用というユーモラスな名前の米もあります。
栽培でも気を抜けません。散布しても良い農薬も決められており、散布は極力少なくすることになっています。
 
私が訪問した青森県津軽地方のベテラン飼料米農家は、除草剤を1回使うだけだと話します。飼料米農家の多くは、薬剤散布は5回以内だということでした。この地域の主食用米の慣行栽培17回と比較しても非常に少ないと言えます。
 
栽培履歴も分かります。どこから買った何という名前の農薬を、いつ、どれだけの量を撒いたかが記帳されていました。
地域差はありますが、多くの飼料米産地でも農薬の削減につとめています。エサ米だからと言って、いい加減な栽培をしているわけではありません。
蛇足ですが、飼料米を主食用米に転用することは厳しく禁じられています。

飼料米を食べて育った家畜の肉や卵はおいしいの?

 
飼料米の生産は順調に増え続けており、2015年には畜産飼料自給率は約3割になっています。ですから、皆さまも飼料米のお世話になっているかもしれません。
 
飼料米を食べて育った家畜の肉や卵の味が気になるかと思います。味覚には個人差があるので絶対に!ということはありませんが、全国の各生協で独自に扱っているものは評判が上々と聞いています。
私の経験で言えば、おいしいと思います。豚肉は出荷前2カ月間に玄米を30%与えたものを食べていますが、脂にしつこさがなく、畜肉特有の臭みを感じません。
 
肉質もきめ細かく、柔らかいなと思います。
卵は籾米を30%与えたものを食べています。黄身がやや白っぽいだけで、違和感はありません。生臭みはなく、卵かけごはんにするとほんのり甘みを感じます。あくまでも、個人の感想です。是非、皆さまも飼料米をたくさん使っている肉や卵を味わって、ご判断下さい。
 
栄養に飼料米がどう反映しているのかといえば、残念ながら今の時点でははっきりしないのです。リノール酸が少なく、オレイン酸が多いという検査結果は出ています。トウモロコシと比較すると、米はオレイン酸が多いために、そのような結果が出ても不思議ではありませんが、そうとも言えないという報告もあります。農水省でも「飼い方や米を食べさせる期間や量などでも差が出るので、何とも言えない」という段階です。
 

“糞尿列島”の汚名返上につながる飼料米

 
かつて、日本列島をもじって“糞尿列島”と揶揄されたことがあります。本来、農業と畜産業は持ちつ持たれつの関係でした。地域の畜産から出た糞尿(窒素)を堆肥化し、農家が田畑に入れて作物や草を育て、それを家畜に与えるという「資源循環型農業」が成り立っていたからです。
 
ところが、食の欧米化で家畜はどんどん増え、輸入飼料も大量に入ってくる事態になりました。大量の輸入飼料のために、国内の農業では到底使い切れない糞尿が出てしまいました。糞尿は野積みされるなどして、河川に流れ込む、地下水を汚染する、という新たな環境問題を各地で引き起こしました。
 
日本列島は“糞尿列島”となり、「糞尿を飼料の輸出国に送り返せ」などという極論が出るほど、深刻な問題になったのです。
 
そこで、飼料米です! 畜産から出た糞尿を堆肥化して、その地域の農地に還元して、飼料米などを育てるというサイクルが順調に回り始めます。飼料米は、主食用米よりも多くの堆肥を投入して育てます。それは地域環境を保全することにもつながります。農家は低コストの堆肥が身近にあることで、ほかの作物にも堆肥を使うようになります。
 
さらに、遊休農地を飼料米の田んぼに生き返らせる効果もあり、地域の活性化に役立っているのです。
飼料米は八方よろし、ということで。
 
Text:毛利菁子(もうり・せいこ)
宮城県の穀倉地帯で生まれ育った農業・食育ライター。

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