身近な電気の話 ㊶ ほとんど直流です
配信日: 2018.07.15 更新日: 2019.08.29
そのとおりです。発電所から送電線、配電線を経由して家庭や工場に送られてくる電気はすべて交流の電気です。小売り会社(新電力)は今や数百社に上りますが、すべて交流の電気を売っています。
直流の電気を売っている会社はありません。それなのに、家電製品はほとんどが直流で動いているって不思議ですね。その謎に迫ってみましょう。
フリージャーナリスト
中央大学法学部卒。電気新聞入社、電力・原子力・電力自由化など、主としてエネルギー行政を担当。編集局長、論説主幹、特別編集委員を経て2010年より現職。電力問題のコメンテーターとしてテレビ、雑誌などでも活躍中。主な著書に『電力系統をやさしく科学する』、『知ってナットク原子力』、『データ通信をやさしく科学する』、『身近な電気のクエスション』、『火力発電、温暖化を防ぐカギのカギ』、『電気の未来、スマートグリッド』(いずれも電気新聞刊)など多数。
直流と交流の違い
現在、工場や家庭で使われている電流には2種類あります。AC(Alternate Current 交流)とDC(Direct Current 直流)の2種類です。ご存知ですね。
交流は:電流の流れが、1秒間に50回から60回変わる
直流は:電流が一方向にしか流れず、電圧がつねに一定している
ことが特徴です。日常生活の中での交流電気と直流電気の簡単な見分け方があります。
(家庭のコンセントからの電気)⇒交流の電気
(乾電池やバッテリーからの電気)⇒直流の電気
となっています。小学校で習いましたね。
乾電池やバッテリーには、「+」極と「-」極がありますが、これは電流が一方向にしか流れないことを表示しています。
しかし、電化製品の中にはコンセントから受電しているが、交流のままでは使えない製品がほとんどです。どうしているのでしょう。電気製品は、直流で使えるようなさまざまな工夫をしているのです。
製品によって異なる直流と交流
家電製品は、直流と交流をいろいろな方法で使い分けています。4つのタイプに分類してみましょう。
1.(直流電源)機器:時計、ラジカセなど
2.(交流電源)機器:扇風機、ジューサー、ミキサー、白熱電灯など
3.(交流→直流化)機器:テレビ、ラジオ、ステレオ、パソコンなど
4.(交流→直流化→交流化)機器:洗濯機、冷蔵庫、エアコン、遠視レンジインバーター式蛍光灯などのインバータ方式の製品など
使い方は、時代とともに技術進歩とともに変化しています。
たとえば洗濯機、冷蔵庫、エアコン、蛍光灯などように、かつては2.の交流電源方式だったのですが、「インバータ方式」が採用され、省エネ性や制御性に優れていることから4.の方式に移ってきました。
また、パソコン(PC)などの汎用品はいずれの方式にも対応できるよう、機器内部に変換装置を内蔵する製品が普及しています。外部取り付けのアダプターで変換するタイプのものもあります。
電車の電気はどっち
ちょっと横道にそれますが、電気で動く交通手段として電車がありますが、電車は直流でしょうか交流でしょうか。答えは両方ともあります。直流で動いている電車もありますし、交流で動いている電車もあります。
直流電車の特徴は、動力のモーターは直流の方が簡単に動かせるので、必要な設備が少なくて済み軽量化が可能です。車両を安く製造できます。しかし、発電所で作る電気は交流ですから、地上に交流から直流に変換する設備が必要です。
交流の電車の特徴は、車内で交流を直流に変換する設備が必要ですが、地上の設備は不要です。その分、直流より地上設備は安く済みますが、車両を製造する費用は高くなります。
しかし、交流モーターは直流モーターでは出せない大きな力が出せる利点があります。製造コストは高くてもパワフルな電車なのですね。
この特徴により電車の場合は、いずれかを選んで製造されています。直流電車のメリットは車両の製造コストが安価なことから、都市部など沢山の電車を走らせる地域で多く採用されています。
JR線でいえば関東、関西、中部、中国、四国地方です。全国の私鉄、全国の地下鉄もすべて直流電車です。
交流電車のメリットは、地上の設備が安く済むことです。走らせる電車の数があまり多くない地方では、車両コストが割高でも地上設備が不要ですから、メリットがあるので交流を採用しています。
コスト面ではありませんが、大出力が必要な「新幹線」はスピードを出すために高出力が可能な交流を採用しています。新幹線と在来JR線では北海道、東北、九州地方で交流電車が採用されています。
直流で送電すれば良いのに
電化製品が直流で動いているなら、最初から直流で発電し、直流で送配電し、家庭や工場で直流受電すれば良いではないか、との意見もあります。
そのとおりです。しかし、そう簡単にはいかない事情があるのです。どのような事情なのでしょうか。
まず、全国に張り巡らされている送配電線を思い浮かべてください。電流が入れ替わる交流の送電電線は3本必要ですが、直流送電にすれば2本で済むのですから経済的なのでは、というのも当然です。
ところが、直流は交流以上にメンテナンス費用が掛かってしまいます。変圧(電圧の昇圧、高圧)にコストがかかってしまうのですね。ネットワーク型の遠距離大量送電には不向きなのです。
交流は電圧の変換が容易なのがメリットです。直流は変圧のためには、交直返還が必要なのです。直流→交流→交流のプロセスが必要です。
交流の変圧は容易です。通常、発電所から供給される電気は数十万ボルトの高電圧で送られてきますが、工場や家庭に届くまでの間に、何段階もの変電所(または変圧器)を経て需要家の必要とする電圧に降圧されて供給されます。
街中を走っている配電線の電柱に、黒いドラムのような物が取りつけられていますが、あれは変圧器です。電柱の頂部に貼られている数千ボルトの電気は、柱上の変圧器により家庭で使える100・200Vに降圧して届けられます。
交流には多くのメリットがありますが、電圧が変化しやすい難点があります。このため100Vの電圧を確保するため、それ以上の電圧で電力を送っています。
エジソンからテスラへ
一長一短がある送電方式ですが、世界中の国が交流電気を選択しています。なぜでしょうか、電気事業の歴史を振り返りながら考えてみます。
世界で最初に電気事業を立ち上げたのはトーマス・エジソンで、1882年にニューヨークで始めました。白熱電灯を発明した発明王エジソンは、白熱電灯と直流モーターを広めるため、直流の送電網で電力供給事業を始めました。
ところが、直流送電は距離が延びると電圧が下がってしまう難点がありました。この難点を克服するためには、街中に発電所を用意しなければ送電ができないとの結論になりました。
街は明るくなったけれど、直流では遠くまで送電できない、これでは電気事業に発展性はありません。そこで「直流」か「交流」がいいのか、論争が始まりました。論争の仕掛け人はエジソンの弟子のニコラ・テスラです。
テスラは弟子でありながら、エジソンに直流の限界を指摘し、自らが発明した交流モーター、交流発電機、交流多相送電など交流技術の利点を説き、交流の採用を提案したのです。
エジソンはこの提案を受け入れるはずもなく、テスラは失意のうちにエジソンのもとを去りました。それを救ったのがアメリカの電気産業の創始者ウェスティング・ハウスです。
ウェスティング・ハウスはテスラの技術を使って、五大湖にあるナイアガラの滝を利用した水力発電で発電した電気を、約100km離れた北米の工業都市バッファローまでの大量送電に成功したのです。
この結果、それまで数km四方でしか成り立たなかった電気事業が、100km以上離れた需要家にも、送電線ネットワークを張り巡らせば電気が届けられるようになりました。
電気事業の夜明けです。遠くの発電所で電気をつくって、それを都市の需要家に電気を送ることができるようになる、交流によるネットワークは瞬く間に世界中に広がっていきました。
わが国で最初に電気事業を手掛けた東京電灯は、エジソンに遅れること5年、直流で電気事業を始めました。それでも数年後には交流送配電に切り替えています。
大量の電気を遠くまで送電できる送電線ネットワークを採用した電気事業の発展が、20世紀の産業革命(蒸気から電気へ)をリードしてきたのですね。
今でも残る直流送電
直流送電はもうなくなってしまったのでしょうか。そんなことはありません、健在です。日本の国内に限っても、直流と交流が共生して電力の安定供給に貢献しています。
わが国は東日本と西日本で周波数が異なっています。東が50Hzで西が60Hzです。1つの国に2つの周波数が存在する、世界でも珍しい国です。周波数の異なる送電ネットワーク(電力系統)の接続に直流技術が使われています。
「周波数変換装置」で50Hz交流電気を直流に変換し、それを再び60Hzの交流電気に変換する。その逆も同様です。
周波数変換所は、東清水(静岡県)、佐久間(静岡県)、新信濃(長野県)の3カ所にあります。福島事故の教訓に、東西の電力融通を活発にしようと設備の増強工事が進められていて、東西連系がしやすくなります。
もう1つは、周波数の送電連系にも使われています。北海道と本州を結ぶ海峡横断の「北本連系線」と四国と紀伊半島を結ぶ「関西四国連系線」、海峡横断ではないですが中部電力と北陸電力を結ぶ「中部北陸間連系線」です。
これらは電力安定化のための連系線で、連系繊に直流を挟むことで、系統崩壊事故の波及を極少化する技術です。
直流・交流の両用時代に?
再生エネルギー利用と脱CO2対策が進むと、太陽光発電、電動自動車が当たり前の社会になります。
すると、送配電ネットワークにも新しい時代の波が押し寄せてきそうです。太陽光発電では直流の電気をつくっていますが、今はそれを変換装置により交流電気として電力会社の配電線と接続しています。
しかし、それを家庭の家電製品にも直接使え、蓄電池にも蓄電できる、電力会社のネットワークにも接続できる、というややこしいことが簡単にできる技術が期待されます。
もし直流・交流技術を実現すれば太陽光再生可能エネルギーは日本の隅々まで、もっと普及するはずです。
電動自動車についても同じことがいえます。電気自動車(PHV)を家庭用の補助電源として活用するなら、電気の出し入れが容易にできる技術が必要です。
太陽光の電気を活用する場合、交直両用の充放電装置が実用化されれば、気まぐれ発電の太陽光の難点が解消されることになります。
現在すでにメーカーでは両用技術の実用化を目指して、さまざまな技術開発が進められています。両用時代はそこまで来ています。
Text:藤森 禮一郎(ふじもり れいいちろう)
フリージャーナリスト