夫の定年を控えた夫婦。定年後にゆっくり準備して駅近の物件に引っ越したいけれど、退職「前」と「後」では賃貸契約にどのくらい影響がある?
お金と不動産相続のコンシェルジュ
宅地建物取引士・AFP・住宅ローンアドバイザー・相続診断士
目次
はじめに:「定年後は便利なところで暮らしたい」その思いは自然なこと
「退職したら、もう少し便利なところに引っ越そうと思っています……」
そのように考える50代・60代の方は、少なくありません。郊外の戸建てや社宅から、駅近・買い物や病院に近い便利な場所に住み替える…… 定年後の暮らし方としてごく自然な希望です。
年金も退職金もある。通勤の必要もなくなる。時間にもゆとりができるから、「定年後にゆっくり探せばいい」と思っている方も多いかもしれません。しかし、実はその考え方、後になってからではうまくいかないことがあるのです。
賃貸契約の現実は、「払えるか」より「信用されるか」
賃貸物件に入るには、まず「入居審査」があります。そしてこの審査で最も重視されるのは、「毎月、安定して家賃を払えるかどうか」=信用力です。
現役で働いている間は、給与明細や在籍証明書、源泉徴収票などを提出できるため、安定収入を証明しやすく、審査も通りやすいものです。ところが、定年退職後は以下のようなリスクがあります。
●年金の受給開始前は「無収入」と見なされることがある
●退職金は一時金なので「継続的な収入」とは評価されにくい
●預金があっても「毎月払える根拠」としては弱く見られがち
●家賃保証会社の審査が厳しくなり、保証人を求められるケースがある
つまり、「お金はあるけれど借りられない」状況が、後になってから突然訪れることもあるのです。
「家族がいないと借りづらい」時代の、知られざるリスク
意外かもしれませんが、年齢そのものよりも重要視されるのは、「誰とつながっているか」です。例えば、「子どもの近くに住み替える」というケースでは、大家さんや管理会社から「見守りがある」「連絡が取れる人がいる」と安心材料になり、入居審査が通りやすくなる傾向があります。
一方で、「子どもがいないご夫婦」「長年独身で家族と疎遠な方」「高齢の親もすでに他界している方」は、孤独死のリスクや、万が一の際に対応してくれる人がいないことが懸念され、入居を断られる可能性が高まります。
だからこそ、ご夫婦でいられる今、元気で信用があるうちに、将来も安心して住める“終の棲家”を見つけておくことがとても重要なのです。
定年前に備えたい5つのヒント
では、定年前にできる備えには、どのようなものがあるのでしょうか?本章では、定年前の備えとしてやっておきたい、5つのポイントを紹介します。
1. 資産の見せ方を工夫する
普通預金だけでなく、定期預金や資産運用の明細、年金見込額などを整理しておくと、家賃支払いの信頼性を伝えやすくなります。
2. 保証人がいない場合の代替策を考える
保証会社の比較、NPOや自治体の居住支援、信託契約など、家主に安心してもらえる工夫を知っておくと良いでしょう。
3. 高齢者向け住宅を検討する
URやサービス付き高齢者住宅(サ高住)は、高齢者受け入れに配慮された制度・設備が整っています。ただし、費用や条件も確認しましょう。
4. 短期の“お試し住まい”を活用する
いきなり契約せず、短期賃貸マンションなどで地域の暮らしを体験してから決めてもいいかもしれません。
5. 健康状態の見える化
健康診断の結果などで元気であることを示せると、万が一のときの不安を軽減し、オーナーや保証会社にも好印象になることがあります。
最後に:“終の棲家”は、つながりを残す場所として選ぶ
老後の住まいを考えるうえで本当に大事なのは、「誰かとつながって暮らすこと」です。設備や立地の条件ももちろん大切ですが、年齢を重ねたこれからの暮らしにおいては、地域や人とのゆるやかな関係性が、心の支えにも、万が一の備えにもなります。
しかし、そうした関係性は、すぐには手に入りません。
早めに引っ越しておけば、町内会の行事や地域のサロンに参加するなどして、ご近所に顔を覚えてもらい、声をかけてもらえる関係を築くことができるかもしれません。「遠くの親戚より近くの他人」といいますが、その“近くの他人”を得られる環境に自分から身を置くことが、最大の孤独死対策にもなります。
「まだ元気だから大丈夫」ではなく、「元気なうちだからこそ準備できる」住み替えを検討しておきましょう。夫婦で話し合いながら、“これからの人生を安心して暮らせる場所”を、今のうちに探し始めてみてはいかがでしょうか。
執筆者 : 稲場晃美
お金と不動産相続のコンシェルジュ
宅地建物取引士・AFP・住宅ローンアドバイザー・相続診断士