厚生年金の適用が広がる今、短時間労働者の保険料は「本当に損ではない」のか?

配信日: 2025.05.09

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厚生年金の適用が広がる今、短時間労働者の保険料は「本当に損ではない」のか?
最近の厚生年金保険に関する動きで重要なものは、短期労働者への厚生年金保険の適用拡大です。本記事では、それが被保険者の生活にどのように影響しているかについて述べていきます。
浦上登

執筆者:浦上登(うらかみ のぼる)

サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー

東京の築地生まれ。魚市場や築地本願寺のある下町で育つ。

現在、サマーアロー・コンサルティングの代表。

ファイナンシャル・プランナーの上位資格であるCFP(日本FP協会認定)を最速で取得。証券外務員第一種(日本証券業協会認定)。

FPとしてのアドバイスの範囲は、住宅購入、子供の教育費などのライフプラン全般、定年後の働き方や年金・資産運用・相続などの老後対策等、幅広い分野をカバーし、これから人生の礎を築いていく若い人とともに、同年代の高齢者層から絶大な信頼を集めている。

2023年7月PHP研究所より「70歳の現役FPが教える60歳からの「働き方」と「お金」の正解」を出版し、好評販売中。

現在、出版を記念して、サマーアロー・コンサルティングHPで無料FP相談を受け付け中。

早稲田大学卒業後、大手重工業メーカーに勤務、海外向けプラント輸出ビジネスに携わる。今までに訪れた国は35か国を超え、海外の話題にも明るい。

サマーアロー・コンサルティングHPアドレス:https://briansummer.wixsite.com/summerarrow

厚生年金保険に関する短時間労働者への適用拡大の動き

厚生年金はもともと、主に正社員が加入するイメージが強い制度でした。しかし、少子高齢化や非正規雇用の増加による格差拡大を是正するため、政府は健康保険と同様、短時間労働者(週20時間以上など一定要件を満たすパート・アルバイト等)へ適用範囲を拡大してきました。
 
ここでは、その仕組みと実際にどの程度の負担と給付が見込まれるのか、簡単なサンプルケースを挙げて解説します。

【適用拡大の流れ】

・2016年10月:従業員501人以上の企業で、週20時間以上・月収8万8000円以上などの要件を満たす短時間労働者が対象に
 
・2022年10月:企業規模要件が101人以上に拡大
 
・2024年10月:企業規模要件が51人以上に拡大

この結果、パート主婦やアルバイトなど、これまで厚生年金に入っていなかった層が強制的に加入となり、保険料を支払う一方で将来的な年金受給が期待できるようになりました。
 

適用拡大による厚生年金保険料の負担・厚生年金受給の試算

ここでは、週20時間ほど働いて月収10万円(標準報酬月額10万円相当)と仮定し、10年間加入したケースを考えてみます。
 
■保険料負担
 
厚生年金の保険料率は18.3%(個人負担は約9.15%)。月収10万円の場合、約9150円/月を本人が支払う計算です。年間では約11万円、10年間で合計約110万円となります。
 
■年金受給額の増加分
 
厚生年金の報酬比例部分は、「平均標準報酬額×0.005481×被保険者期間(月数)」がざっくりした基礎計算式(※)です。月収10万円で120ヶ月(10年)加入なら、10万円 x 0.005481 x 120= 6万5772円/年、月額にすると5481円の加算が将来の年金に上乗せされます。
 
(※)実際には生年月日や在職期間、平均報酬額の算定方法などで微調整がありますが、ここでは概念的な試算です。
 

何年で「元が取れる」のか

10年間で支払った本人負担は約110万円。
 
一方、受給開始後は年間で約6万6000円(約5500円×12)の厚生年金が上乗せされると仮定すると、単純計算では16.7年受給すれば、支払った保険料と同等の額を取り戻せることになります。すなわち、年金受給開始年齢を65歳とすると、81.7歳まで生きれば元が取れることになります。
 
ここで考慮すべきポイントは、実際には年金は終身給付であるうえ、保険料は労使折半なので、10年間企業側が同額(約110万円)を負担してくれる点です。
 
個人が国民年金だけを払っていた場合より、手厚い年金を受給できる可能性が高まります。また、障害給付や死亡時の遺族給付なども厚生年金の強みです。
 
健康保険の場合は、夫の扶養に入っていた人が独自に健康保険に入ると100%持ち出しになりますが、これが健康保険の場合との違いです。ただし、一方では、短時間労働者自身は「月額9150円の保険料の支払い」が新たに発生するため、健康保険の場合と同様、手取り収入が減る負担感を無視することはできません。
 
健康保険の場合と違って、厚生年金保険の場合は後で年金として返ってくるため必ずしも損ではないと言われることもありますが、日本人の男性の平均寿命まで生きてやっと元が取れるというのは、「今は苦しくとも老後は楽になる」とは必ずしも言えないように思われます。
 

被用者本人・事業主の課題

短時間労働者への社会保険適用拡大が段階的に進むなかで、被用者本人・事業主の双方に新たな課題が浮上しています。
 
ここでは、制度拡大による具体的な影響と将来の展望について説明します。
 

本人の負担感

配偶者の扶養範囲(いわゆる「年収の壁」)内で働きたいと思っていた方にとって、社会保険の強制加入は手取りの減少につながる場合があります。結果的に就業調整を行い、収入をわざと抑えてしまうケースもあります。
 

事業主のコスト増

適用拡大対象のパートやアルバイトが増えるほど、企業側の社会保険料負担も大きくなります。特に従業者数が少ない中小企業や、パート比率の高い業種では、経営上の負担が無視できません。
 

将来展望

短時間労働者を含めた被用者保険の拡大は、老後保障や医療・介護の財源を安定化させるうえで一定の効果が期待されます。ただし、実際には就労調整の動きや企業の負担増が顕在化しており、「社会保険に入るメリットは理解しているが、負担が大きい」「企業にとってパート活用が難しくなる」などの声も多いのが実情です。
 
国としては、被保険者の増加によって年金財政の底上げを図りたい一方、労働現場の実態に合わせた制度調整が欠かせません。
 

まとめ

短時間労働者の厚生年金適用拡大は、公平性や老後保障の充実といった観点で大きな意義があります。特にパートやアルバイトの方にとっては、将来の年金受給額を増やし、終身にわたる安心を得る機会となる反面、目先の手取り収入減や扶養の壁問題、事業主の負担増などデメリットも存在します。
 
前述の試算例のように、払った保険料を取り戻すのに長い年数がかかるとはいえ、長生きすればそれ以上のリターンを得られるのもまた事実です。
 
今後、労働環境の変化や高齢化の進展に合わせ、適用拡大がさらに進むことで、多様な働き方と年金制度の整合性をどう確保していくかが大きな課題となっていくでしょう。
 

出典

厚生労働省 社会保険適用拡大特設サイト
 
執筆者:浦上登
サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー

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