70歳無職の夫婦・貯金1500万円。年金が増えるし、自分はきっと健康だろうと繰下げ受給にしたのに、初期のがんに! 繰下げを撤回できますか?
今回は、繰下げ受給申請後の撤回など、制度の内容を詳しく見ていきます。
ファイナンシャルプランナーCFP(R)認定者、相続診断士
大阪府出身。同志社大学経済学部卒業後、5年間繊維メーカーに勤務。
その後、派遣社員として数社の金融機関を経てFPとして独立。
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年金繰下げ受給のメリットと注意点
老齢年金は65歳で受給開始が一般的ですが、66歳以後75歳(1952年4月1日以前に生まれた人については70歳)まで受け取る時期を遅らせることができます。受け取り時期を遅らせること(繰下げ)により、受け取る年金額を増やすことができ、この増額率は一生変わりません。
どのくらい増やすことができるのかは、図表1のとおりです。例えば71歳で受給開始に繰下げると、受け取れる年金額は150.4%に増額します。1.5倍に増やせるのは大きいです。
(図表1)
増額率は「増額率=0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数」で導き出すことができます。しかし、68歳2ヶ月など月単位の算出が難しいこともあります。そのようなときは、日本年金機構のサイトの早見表(※)を見ると分かりやすいでしょう。
老齢年金は老齢基礎年金と老齢厚生年金の2種類があり、いずれも繰下げて受給することによって、それぞれ増額されます。「私は老齢厚生年金だけを繰下げたい」などと思う方もいるでしょうが、どちらか一方のみの繰下げも可能です。
なお、老齢厚生年金の繰下げ待機期間中は、その方が扶養している妻・子に加算される加給年金は受給できません。こういったケースでは、老齢厚生年金のみを受け取り、老齢基礎年金だけを繰下げる選択肢もありますので検討してみましょう。
ただし注意点として、加給年金額や振替加算額については、繰下げ受給をしても増額はありませんので覚えておきましょう。
また、最近では65歳以後も働く人が増えているため、なかには厚生年金保険に加入し続けるという選択をする人もいます。その場合、在職老齢年金制度により年金の全部または一部が支給停止している方は、在職支給停止相当分については繰下げをしたとしても増額の対象になりません。
老齢年金の繰下げ受給に関する注意点は、ほかにもあります。年金額が増えることにより、医療保険や介護保険等の自己負担額や保険料、税金が増えることです。「累進性」がありますので、予想外の支出につながる可能性があります。
繰下げを止めて一括で受け取ることも一案
さて、本題であるご夫婦のご質問です。
人生は、ライフプランどおりに行かないものです。「繰下げ受給の予定だったのに、プラン変更。できれば手元の資金を増やしたい」こういうケースは少なくないはずです。受給を開始してしまうと変更はできませんが、受給前なら変更は可能です。70歳時点で受給申請した場合の受け取り方は、下記の2つがあります。
(1)受給申出のあった日の属する月の翌月から、申出日の時点で導き出した繰下げ受給額で年金を受ける。
(2)65歳にさかのぼって本来の年金額(増額前の金額)を受け取る。65歳に達した月の翌月から請求を行った月までの老齢年金は、一括で受けることになる。さらに付け加えると、その方が請求を行った日がある月(属している月)の翌月から、本来の年金額が支給されることとなる。
受給年齢を先延ばしする予定であったとしても、変更はできるので縛られる必要はありません。また、相談者のように事情が変わった場合は、(2)のように受給していなかった金額(65歳からの5年間分)を一括で受け取ることができます。手元にお金があれば、がん治療にあたって経済的な不安は軽減されるのではないでしょうか。
補足ですが、「繰下げ申出みなし制度(2023年4月1日施行)」が創設されました。これは受給年齢の上限が70歳から75歳に引き上げられたことによるものです。以下は、厚生労働省のホームページより抜粋しています。
「70歳以降80歳未満の間に老齢年金を請求し、かつ請求時点における繰下げ受給を選択しない場合、年金額の算定にあたっては、請求時点の5年前に繰下げの申出があったものとして年金を支給することとし、支給する年金には受給権発生から請求の5年前までの月数に応じた増額を行うこととした」
(厚生労働省「[年金制度の仕組みと考え方]第11 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給」より抜粋)
このように、一括で受け取る場合の5年ルールがありますので、詳細はホームページを参照してください。
無理のない計画で見積もることが秘策
最後に、ライフプランのアドバイスを補足します。
平均寿命が延び、インフレの動向も気になる点で、「老後資金が不足するのでは?」と心配になるでしょう。解消法としては、「長く働く」「資産運用して資産寿命を延ばす」が考えられます。資産運用にはリスクがありますのでためらう方も多く、“元気なうちは働く”というシニアが増えています。
「働いている間は年金に頼らない」と考えて、65歳からの受給を繰下げる場合、考えるべきことがあります。受給開始を70歳にすると、65歳から70歳までの年金収入はありませんので、他で収入を手当てする必要があります。65歳以降も働く人が増えていますが、いわゆる現役時代よりも少ない給料が一般的です。
(図表2)
「働くこと」は収入面だけでなく、“やりがい”や“人との交流”などさまざまなプラス効果があります。これらが要因で、働くシニアが増えています。しかし、収入面で過度に期待してしまうことは禁物です。余裕を持ったプラン作りが、幸せなシニアライフの秘策だと心得ておくとよいでしょう。
出典
(※)日本年金機構 繰下げ増額率早見表
日本年金機構 年金の繰下げ受給
厚生労働省 [年金制度の仕組みと考え方] 第11 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給
厚生労働省 令和6年賃金構造基本統計調査速報
執筆者 : 宮﨑真紀子
ファイナンシャルプランナーCFP(R)認定者、相続診断士


