「急な大雪」で電車が運休に! 同僚は「朝5時に起きて出社した」と言ってるけど、時間をかけてでも出社すべき? 過去の判例もあわせ解説
会社には、従業員の安全に配慮する義務があります。出社の無理強いはできないと考えられます。このような自然災害時の通勤や働き方について、いくつかのケースも想定し、裁判の判例なども参照して検討します。
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー
目次
自然災害時の無理な出社は命の危険すら伴う
結論から言うと、無理な出社は避けたほうがよいでしょう。大雪、台風などで交通機関が混乱しているときは、無理に出社しようとしても、会社に行きつくことすら困難な場合があります。タクシーが拾えず待ち続ける、徒歩通勤でくたくたになる、雪道で転倒してけがをする、出社しても帰宅できなくなる……このような多くのリスクが見込まれます。
無理に出社することには、命の危険すら伴います。2019年の台風19号(東日本台風)では、直接的な被害で92人が亡くなりました。
そのうち「仕事中」「通勤・帰宅中」に被災した人は13人と、全体のおよそ15%に上っています。新聞配達のために勤務先に向かっていた人、食品工場での勤務を終えて帰宅中だった人が水害で犠牲になっています。自然災害時には、屋外にいること自体が危険を伴うのです。
会社には従業員の安全配慮義務がある
会社は、従業員に対して安全配慮義務を負っています(労働契約法5条)。「労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする」義務であり、労働災害や事故の防止なども含まれます。
安全配慮義務に違反しているかどうかは、具体的には次のような要件で判断されます。
・予見可能性(事故の発生が予見できていた)
・結果回避可能性(結果を避けようとすれば避けることができた)
豪雪豪雨、台風などは、天気予報などで、ある程度は事前予測可能です。前日から電車各線の計画運休のアナウンスもあるでしょう。
自然災害が予想されるのに、無理に出社を求めたり、早期の帰宅を命じなかったりしたために従業員が災害に遭った場合には、企業の安全配慮義務違反が問われることが起こりえます。
会社は危険切迫時などに就労を命ずることはできない
さらに、実際に危険が切迫している場合は、会社が従業員に就労を命ずること自体が業務命令権の濫用(労働契約法3条5項)になりかねません。
東日本大震災時の裁判例で、放送局のフランス語担当者が身の危険を感じて国外に避難したところ、「職場放棄した」として解雇された事件があります。
解雇無効を訴えた裁判で、裁判所は解雇を無効としました。「従業員らにおいて自らの生命・身体の安全を危惧し、業務よりもそれらを優先させて避難をすることは法的にも保護される利益であり、業務を放棄して避難したことを事業者が責めることはできない」というのが判決の理由です。
従業員の「自己責任」「自己判断」にゆだねるのは問題
会社が出社を命じたのではなく、従業員の判断にゆだねる場合はどうでしょうか。自己判断での出勤については、次の問題があり、適切とは言えません。
会社には「安全配慮義務」があります。従業員の判断に頼らず、会社側で明確に出勤可否を指示する責任があると考えられます。曖昧な指示や「自己判断」という形で従業員に責任を押し付けるべきではありません。
自己判断に任せると、出勤した人としなかった人の間に不公平感が生まれ、出勤しなければというプレッシャーになり、結果的に危険な選択を強いることになりかねません。
今回のケースも、無理に出社する人がいれば、ほかの人も無理することになりかねません。
日本では、会社に対する忠誠心が評価されがちです。会社の明確な指示がないと休むのは難しいでしょう。出勤に危険が予想されるなら、会社側は自己判断と言わずに従業員に「来ないで」と明確に指示すべきです。
従業員も、身の安全を第一に考えるべきです。出社が無理ならはっきり会社に伝えるべきです。事故に遭ったら、かえって会社にも同僚にも迷惑がかかります。
さらに、交通機関の停止や道路渋滞の際に、無理に出勤する人が増えれば混乱が広がります。駅や道路の大混雑で緊急車の通行など救助活動の妨げにもなりかねないなど、地域全体の安全にも悪影響を及ぼしかねないのです。
エッセンシャルワーカーについても無理を求めない社会風土を
しかし、医療・介護や消防、保育など社会を支えるエッセンシャルワーカーは、災害時でも出勤せざるをえないでしょう。これについては、運送業者の対応が参考になります。
2018年の台風21号接近時のトラック横転事故(77件)のうち、約3割(23件)は「荷主側から輸送を強要された」ものでした。このような状況を受けて、国土交通省はドライバーの安全確保のため、台風接近時などに無理な輸送を強要しないよう、運送業者とその荷主の団体に通知を出しています。
運送業者には、安全輸送ができない状況で荷主に輸送を強要された場合に備えた、通報窓口も設けられています。
社会全体で、災害時には社会サービスが止まることを、一定程度許容する必要があると考えられます。危険な時間の買い物を控えたり、宅配の依頼を変更したりするなどで、24時間コンビニや宅配のサービスを我慢する、といったことも必要でしょう。
こうした事例も参考に、自分の会社についても「お客さまがいるから」と無理をするのではなく、災害時の休業などについて顧客に理解を求める努力をしておくべきでしょう。
自然災害時の対応について社内でルール化しておこう
自然災害時の出勤は危険を伴います。従業員としては、身の安全を第一に考えるべきです。
会社としても、「自己判断」として従業員に責任を押し付けるのは問題です。
従業員としては、会社の中で経営者、管理者ともよく話し合って一定のルールを定めておくべきでしょう。例えば、本当に必要な場合には管理職等の一定の人員が前泊する、家族に幼児・老親・病人などを抱える人は出社を控える、テレワーク可能な業務はテレワークに切り替える、などです。
会社・上司は、従業員が出社した場合、状況次第で速やかな帰宅を促す、あるいは無理に帰宅させずに会社にとどまらせる、といったことも検討しましょう。出勤できない場合は、有休あるいは特別休暇とする、ボーナスの査定で不利な扱いはしない、といったことも含めて考えておくべきでしょう。
出典
e-Gov法令検索 労働契約法
関東弁護士会連合会 事業継続と安全配慮義務に関する解説と裁判例から導かれる教訓
執筆者:玉上信明
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー
