更新日: 2020.08.24 インタビュー
「目指すのは、資産運用がもっと身近になる社会」。25年ぶりに誕生した松井証券の新社長・和里田代表取締役にインタビュー
Interview Guest : 和里田 聰
Interview Guest
一橋大学を卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(現・P&Gジャパン)入社。1998年、リーマン・ブラザーズ証券株式会社入社。1999年、UBS証券会社入社。2006年、松井証券入社。2011年常務取締役。2019年専務取締役。2020年6月、松井証券株式会社代表取締役社長就任。
執筆者:FINANCIAL FIELD編集部(ふぁいなんしゃるふぃーるど へんしゅうぶ)
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目次
フィンテックも重要だけれど、大事なのはリターンを得られる商品
――25年ぶりでの松井証券社長交代、創業家以外初の社長ということで話題になっておりますが、まずは現在の率直なお気持ちをお聞かせいただけますでしょうか。
さまざまな方面から、「創業家以外の社長であることや大株主である松井前社長の存在にやりづらさを感じることはないか?」と聞かれますが、創業家だからこそ、中長期的な企業価値向上という視点で見ていただけますし、証券ビジネスの特殊性についても理解されているので、松井前社長は経営陣にとっては大変心強い存在です。
――インターネット証券の業界の中で、貴社の特徴を教えていただけますでしょうか。
まず一つ目は手数料の安さが挙げられます。弊社では株式取引の手数料は、1日あたり50万円以下の取引については手数料無料としています。これにより、東証に上場する9割以上の銘柄を手数料無料で購入でき、投資初心者の方でも安心して取引を始めていただけると思います。
二つ目は、サポート体制です。弊社はインターネット専門の証券会社ですが、証券取引に関することはもちろん、パソコンの操作方法までさまざまな質問を電話、メール、チャットなどで受け付けております。
パソコンが苦手な方のためには、お客さまのパソコン画面を共有して操作説明を行うリモートサポートというサービスもご用意しております。当社のサポート体制は第三者機関からも高い評価を受け、HDI-Japan(ヘルプデスク協会)主催の2019年度問合せ窓口格付け(証券業界)では最高評価の三つ星を9年連続でいただいております。
三つ目は、使いやすい投資ツールになります。弊社はインターネット証券会社として20年以上に渡り、お客さまの声をもとにサービス改善に取り組んできました。プロのトレーダーと同様の環境を提供する高機能トレーディングツール「ネットストック・ハイスピード」のほか、株価情報や株主優待を手軽に検索できる、使い勝手の良い投資情報ツールをさまざまご用意しています。
スマートフォン向けアプリとしては、株式取引、先物・オプション取引ができる「株touch」やFXの取引ができる「松井証券 FXアプリ」、ロボアドバイザーによるポートフォリオ提案から投資信託の購入、運用のメンテナンスまで行える「投信アプリ」があり、どこにいても投資情報の収集や取引が行えます。
これらのツールは全て無料で提供しており、お客さまからもシンプルで使いやすいと好評をいただいております。
――日本のフィンテックは、どのように発展していくと考えますか。
キャッシュレス決済に見られるように、決済の分野では、日常生活に浸透するような革新的な取り組みが進んでいます。これは、既存の現金での支払いが、情報技術を駆使した新しい手段に置き換わる事例です。
しかし、資産形成については、いまだに日常生活に根付いている状況ではなく、投資はリスクが大きいというイメージが強いと思います。投資した結果としてリターンを得る期待以上に、損をすることへの恐怖心が上回っているからだと考えます。それを乗り越えることができる環境が整わない限り、フィンテックという手段だけでは、資産運用が日常生活に溶け込んでいくことは難しいのではないでしょうか。フィンテックの背景にある「情報技術を駆使した取り組みでどんなことでも解決できる」というような風潮には、若干違和感を覚えます。
金融商品の購入における最大の顧客体験価値は何かというと、投資でリターンを得るということです。いくら新しい手段で、使い勝手や利便性だけを強調しても、個人投資家にとって最も重要な課題に対応していなければ、お客さまの満足は得られません。フィンテックという手段だけではなく、成功体験に繋がる良い商品・サービスの提供を通じて、お客さまの満足度を高めていきたいと考えています。
――貴社の今後の方向性や課題はありますか。
お客さんに納得感を持ってもらうことが何より大切だと感じます。
例えば現在、弊社ではロボアドバイザーサービスを3つ用意しております。資産運用をトータルでサポートする「投信工房」や自分に合った投資信託を提案する「投信提案ロボ」、保有する投資信託の乗り換えのアドバイスをする「投信見直しロボ」があり、どれも手軽に投資を始めることができるサービスです。
ロボアドバイザーの良い点は、画面に表示される質問に答えていくだけで、簡単に自分に合った提案を受けることができることにあります。実際に、資産形成を実践されている方は、同じ金額を定期的に購入していくことで高値づかみを回避し、購入単価を平準化できるという積立投資のメリットをよく理解しているため、ロボアドバイザーを利用してすぐに取引を始めていただくことができます。
しかし、投資初心者の方にとっては、ロボアドバイザーが提案する内容を理解しづらかったり、あまりに簡単に結果が出るため、自分に合っているのかどうか分からず不安に感じたりする方もいらっしゃいます。今後、そのような場面で、いかに納得感を持って資産形成を始めてもらえるか、そのためにどのようなサービスを提供していくべきかというのが今後の課題だと感じています。
今は投資を始めるチャンス? 投資初心者には世界分散投資がおすすめ
――コロナで打撃を受けた実態経済とは異なり、株価は、コロナ以前とあまり変わらない高い水準で推移していますが、今後の市況についてはどのように考えていらっしゃいますか。
現在の株価は、大規模な量的緩和と過去に例をみないほどの財政出動、コロナでダメージを受けた経済も近い将来には元の水準に回復するだろうという期待が織り込まれています。さらには、金浸しの状態にありますので、市場は金融資産インフレを織り込んでいる可能性もあり、今年1月の高値を一時的に回復する可能性もゼロではないと予想しています。
――米国に比べて日本に個人投資家が少ない理由をどう考えますか。
多くの人にとって資産運用はまだ日常に溶け込んでないのだと思います。株取引や投資に恐怖心を持つ方が多く、貯蓄を選ぶ方が多いのが現状です。
実際に株取引にはリスクがありますし、ある程度まとまった資金も必要です。米国であれば、基本的には経済が上昇しており、それと一緒に株式の時価総額も拡大しているので、「投資するのが当たり前」という状況にあり、多くの方が成功体験を得ていると思います。
しかし、日本の場合は経済成長率が低い時代が長らく続いていますし、それに伴い株式の時価総額も大きく拡大していないので、株式投資の面では、儲かっている方もいれば、そうでない方もいるという状態にあります。
日本のGDPの多くは個人消費なので、経済は人口に比例する面が大きいと思います。もちろん生産性向上の面もありますが、上場企業の多くは内需産業なので、GDPが伸びないと、株式市場が大きく拡大することは難しいように思います。そのため上がる銘柄と下がる銘柄の判断を間違えば、損をする可能性があります。
では、日本の個人投資家のすそ野はこれ以上広がらないのかと言えば、そうは思いません。日本のGDPは伸びなくても、世界の人口増加に伴い、世界のGDPは今後も継続して伸びていくと考えられますから、「世界に投資する」ことで利益を得るという考え方はできると思います。国内だけでなく海外の資産にも投資し、さらに積み立てで時間分散して行うことが、成功体験に繋がると考えています。
積み立てNISAの開始やiDeCoの加入対象者の拡大など、業界全体としてもようやくそういう方向に向かって動き出していると思いますが、弊社としてはきちんとリターンを得られる商品・サービスを増やしていき、投資をより身近なものに感じてもらいたいと考えています。株式投資の面でも、成功体験に繋がるような有益な情報の提供に努めてまいります。
投資とは、その結果として豊かさを得られること。若いうちは自分への投資も大事
――老後の資金不足についてメディアで日々取り上げられているかと思います。この問題について、和里田社長のご意見などございましたらお伺いできれば幸いです。
年金だけで老後資金をまかなうのは無理だと、ほとんどの方が分かっていると思います。政府も「年金制度は破綻しない」とは言っているけど、「年金で国民の老後生活をまかなうことができる」とは言っていません。
昨年の老後2000万円問題で、資産形成に向けて動き出した方も相当数いたと思いますが、多くの人は行動に移さなかったのではないでしょうか。世間一般では、2000万円問題は忘れられつつあるように感じますが、老後資金のための資産形成は、若い頃から始めた方がいいということを、政府もメディアも言い続けていく必要があると思います。例えばイギリスでは、年金制度で、どの程度老後の生活を支えることができるのか、その水準を提示したことが、国民全体で自助努力が進むきっかけになったそうです。
ただ、どんなに資産形成の必要性を訴えても、投資するほどの余裕資金がないという面もあると思います。子供の学費や養育費などでなかなか資産形成にまわす資金がないといった状況は現実としてあると思います。
――これからの社会の変化に対して、メディアの読者層である、30代、40代の働く人々が備えておくべきこと、やっておいたほうが良いことがあれば、ぜひ、メッセージをお願いします。
2000万円問題が話題になって将来への不安を感じている方もいると思います。そのような中で、老後のために投資や資産形成を始めるというのもいいけれど、自分の将来価値を高めるための投資にお金を使うということも大事なことだと思います。
投資というのは、お金を投じることで、その対象が成長し、結果的に豊かさを得るために行うものと思います。そのように考えると、各種資格や英語、プログラミングを学んでスキルアップする、いろいろな人と食事にいって人間関係を広げる、旅に出て日常とは違う経験を積む、といったことも投資と言えます。こうした自分への投資を行った結果、将来的に年収がアップし、資産形成にまわす余力が出てくる、と考えることもできるでしょう。
金融商品への投資自体にも、自分の成長につながる面はあります。投資を始めると、投資リターンに影響を与える企業の業績や経済全体の動き、要人の発言など、さまざまなことを気にするようになりますし、それらに対する興味・関心を持つきっかけになります。金融商品への投資が学びのきっかけとなり、視野が広がるという面があると思います。
専業主婦の方が株式投資を始め、それをきっかけに世界が広がり、「毎日が楽しくて仕方がない」とうれしそうに話されているのを見たことがあります。リターンがあればベストだけど、リターンがなくても学びになる。そういう意味で、金融商品への投資も自分への投資に繋がる部分があると考えます。
取材を終えて
資産運用を選択肢の一つにするためには、フィンテックも大切だけれど、リターンを得られる商品の提供が大切だという和里田社長の言葉に、証券マンとしての矜持とお客さまへの誠意を感じたインタビューでした。
また和里田社長の市況分析は、投資への興味と期待を掻き立てられました。初心者でも始めやすい世界分散投資は、日本でも今後の資産形成として、より浸透していくのかもしれません。
執筆者:FINANCIAL FIELD編集部