更新日: 2023.09.29 その他年金

将来の年金を減らさないために経済という視点を持ってみよう!~賃上げと金融政策について~

将来の年金を減らさないために経済という視点を持ってみよう!~賃上げと金融政策について~
私たちは、リスク社会を生きています。リスク社会の特徴の一つに、連帯性が弱まる「個人化」という社会問題がありますが、この問題は一方で少子高齢化の要因にもなっており、わが国の社会保障制度、とりわけ年金制度の維持と大きく関わっています(過去の記事『これからの時代はリスク社会を前提に人生の組み立てが必要!? リスク社会の典型例とは?』『2004年の年金制度改革から「100年安心」の年金制度という言葉の意味を改めて考えよう』を参照)。
 
私たちが望む年金制度を実現するには経済成長を遂げる必要があり、経済成長がなければ、将来受け取る年金額は想定以上に減る可能性があります。なぜ賃上げをしているのか、なぜ金融緩和政策を修正しているのか。年金財政と絡めて考えることで、経済への関心がより高まるのではないでしょうか。
重定賢治

執筆者:重定賢治(しげさだ けんじ)

ファイナンシャル・プランナー(CFP)

明治大学法学部法律学科を卒業後、金融機関にて資産運用業務に従事。
ファイナンシャル・プランナー(FP)の上級資格である「CFP®資格」を取得後、2007年に開業。

子育て世帯や退職準備世帯を中心に「暮らしとお金」の相談業務を行う。
また、全国商工会連合会の「エキスパートバンク」にCFP®資格保持者として登録。
法人向け福利厚生制度「ワーク・ライフ・バランス相談室」を提案し、企業にお勤めの役員・従業員が抱えている「暮らしとお金」についてのお悩み相談も行う。

2017年、独立行政法人日本学生支援機構の「スカラシップ・アドバイザー」に認定され、高等学校やPTA向けに奨学金のセミナー・相談会を通じ、国の事業として教育の格差など社会問題の解決にも取り組む。
https://fpofficekaientai.wixsite.com/fp-office-kaientai

なぜ国は賃上げを推し進めているのか

2023年9月現在、政府は従来にも増して賃上げを積極的に推し進めています。これは端的にいうと日本経済をよくするためではありますが、同時に年金財政を維持するうえで必要不可欠なことでもあるからです。
 
わが国の年金制度は、2004年(平成16年)の改正により「マクロ経済スライド」が導入されました。マクロ経済スライドは、年金の給付と負担を制度上で自動的に調整し、バランスを取るための仕組みです。具体的には賃金や物価の変動に対し、スライド調整率とよばれる被保険者の減少率と平均余命の伸びを勘案した一定の数値を考慮したうえで、年金額が改定されることになります。
 
このような仕組みのため、年金額が増える前提条件として、賃金や物価の伸びをある程度は確保できるような経済状況を生み出す必要があります。少子高齢化がさらに進むと予測されている現状においては、スライド調整率は比較的大きくなりやすいと考えられます。このため、賃金や物価の水準をある程度確保できなければ、私たちが将来もらえる年金額は期待どおりに増えない可能性が高まります。
 
国の経済が成長するのはよいことで、年金額を少しでも増やすという意味では、なおさら重要な政策課題といえます。国が賃上げを進めている背景の一つには、このような年金制度の仕組みがあります。
 
賃上げは会社員などの給与所得者には好ましいものですが、企業にとっては雇用コストの増加につながります。特に、大企業と比べて経営体力が乏しい中小企業には大きな負担といえるでしょう。また、現在のように物価が上昇している経済環境においては、なおさら厳しい経営状況が続くと考える経営者は多いと予想されます。
 
企業経営上、賃上げは売り上げの増加に伴って行われることが望ましいといえます。このため、企業は消費者などに価格転嫁を行い、売り上げの増加を図る必要があります。しかしながら価格転嫁ができる企業と、そうでない企業があるのが実情です。
 
経済成長を遂げれば企業の売り上げは増加し、賃上げが実現されやすくなります。所得の再分配機能を有する年金制度などの社会保障制度は、このような経路をたどって国民の福祉の向上に貢献します。
 

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なぜ日銀は金融政策を変更しようとしているのか

2023年(令和5年)7月28日、日銀は金融政策決定会合において、長期金利である10年物国債の利回りを1.0%まで容認することを決めました。一方、政策金利である無担保コール翌日物レートはこれまでどおり据え置き、マイナス0.1%の水準を維持することとしました。
 
金融緩和政策の解除という表現をしている報道もありましたが、これはあくまでもYCC(イールドカーブ・コントロール)の修正です。この修正は、依然として日銀が金融緩和政策を維持することを意味します。
 
日銀が、金融緩和政策を修正した理由はいくつかあります。例えば、需給ギャップ(経済全体の総需要と総供給の差)が、あと少しでプラスに転じる水準にまで近づいてきていることは重要なポイントです。また、2023年に入って名目賃金が上昇傾向をたどっていることも、金融政策の修正に影響を与えています。
 
しかしながら、実質賃金が依然としてマイナス圏内にあり、賃金の上昇率が物価の上昇率に追いついていない点を考えると、金融緩和政策の解除にはある程度の時間がかかると見ておく必要があるでしょう。
 
わが国の経済は、必ずしも大きく改善している状況とはいえません。コロナ禍から抜け出し、企業活動や家計の消費活動は改善されつつありますが、賃金と物価がしっかりとプラス圏に収まり、それらを安定的に上昇させていく必要があります。
 
日銀は、難しい舵取りをしているようです。本来なら国内経済がしっかりと回復し、拡大の兆しが見えてきたところで金融緩和政策を修正したほうがよいといえますが、物価が速いペースで上昇しているため、急ピッチで修正せざるを得なくなっています。
 
年金財政としては、今後も少子高齢化が進む可能性が高いため、賃金と物価の上昇が伴う景気回復が好ましいといえます。しかし、日銀の役割は雇用(賃金)と物価を安定させることであるため、金融政策の目的上、物価が緩やかに上昇していくように調整する必要があります。
 
2023年7月に行われたYCCの修正は、不本意ながらも急激な物価の上昇を抑制するために実施したという意味合いが強く、国内景気はさることながら、年金財政についても安定的に推移させることを目的に行われたと考えるほうがよいかもしれません。 
 

まとめ

私たちはメディアを通じて「実質賃金がマイナスなので賃金を上げる必要がある」「金融緩和政策が解除されると住宅ローン金利が上がる」など、さまざまな情報に触れます。
 
このような断片的な情報に注意が向いてしまうのは仕方のないことですが、日本経済と社会保障制度、とりわけ年金財政は切っても切り離せない関係であり、なぜ賃金を上げる必要があるのか、なぜ金融政策が変更されているのかなど、経済について大局から眺めてみると年金制度への理解が深まるのではないでしょうか。
 

出典

日本年金機構 マクロ経済スライド
日本銀行 当面の金融政策運営について
 
執筆者:重定賢治
ファイナンシャル・プランナー(CFP)

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