亡くなった人の口座は凍結されると聞きます。亡くなったことを受けて銀行へ申告する前に口座からお金を引き落とすのは問題あることでしょうか。
何を、どうすればいいのか。まずは銀行に申告すべきなのでしょうか。「でも、連絡すると口座が凍結されるかも……」と思うといろいろと不都合が起こりそうで迷ってしまいます。
それなら、連絡する前に資金を引き出すことは可能なのでしょうか? また、問題はないのでしょうか? 本記事で解説します。
CFP認定者、米国公認会計士、MBA、米国Institute of Divorce FinancialAnalyst会員。
長期に渡り離婚問題に苦しんだ経験から、財産に関する問題は、感情に惑わされず冷静な判断が必要なことを実感。
人生の転機にある方へのサービス開発、提供を行うため、Z FinancialandAssociatesを設立。
目次
名義人が死亡したからといって、口座が自動的に凍結されるわけではない
口座が凍結されると、その口座の一切の取引ができなくなります。その結果、その口座からお金を引き出すことや、送金すること、自動引き落としなどが全くできなくなります。
では、名義人が亡くなると口座は自動的に凍結されるのでしょうか?
これは、必ずしもそうとはかぎりません。
実務上は、口座がある金融機関が名義人の死亡を知った時点で、本人の口座の取引を停止(凍結)します。「名義人の死亡を知った時点」とは、例えば、親族などが金融機関に対して名義人の死亡を伝えたときや、新聞の死亡記事など何らかの方法で金融機関自身が名義人の死亡を知ったときです。
裏を返せば、金融機関が名義人の死亡を知らされていない、もしくは知らない場合は、口座がまだ凍結されていない可能性があります。
よくある誤解に、「市区町村に死亡届を出すと、金融機関の口座がストップする」というものがあります。
しかし、死亡届は市区町村が戸籍事務のために受理する書類であり、金融機関の口座管理とは制度上別に運用されています。そのため、死亡届を提出した段階で、銀行が名義人の死亡を把握し、直ちに口座の取引を停止することにはつながりません。
銀行へ申告する前にお金を引き出すことの問題点
すると、このように考える方もいらっしゃるかもしれません。
「金融機関に連絡をする前であれば口座は凍結されない。だから故人名義の預金からお金を引き出しても問題ない」
そうなのでしょうか?
実際には、次の2つの問題が生じる可能性があります。
1. 他の相続人の相続分を侵害しかねない
相続人が複数いる場合、預貯金など故人の財産は、原則として故人が亡くなった時点の残高を元に相続人間で分割します。
しかし他の相続人の了解なしに、相続人の一人が前もって故人の預金からお金を引き出してしまうと、他の相続人が受け取るはずの財産が減ってしまいます。他の相続人から見れば、不公平です。
後で引き出した額をちゃんと戻せばよいのですが、戻さなかったり、故人の生前から相続人間の仲が良くなかったりする場合は、思わぬトラブルになりかねません。事前の預金の引き出しには、細心の注意が必要です。
2. 相続放棄や限定承認ができなくなる可能性がある
相続放棄とは、亡くなった方の財産や負債など、本来相続するはずの権利や義務を一切放棄することです。
例えば、財産額以上の借金がある方が亡くなった場合、家庭裁判所へ期限内に申立てをして認められることで、相続人は故人の財産も借金も全て引き継がない、という選択ができるようになります。
さらに、故人の財産の範囲内で借金を負担する限定承認という方法も可能です。
しかし、故人の相続財産を勝手に引き出したり、正当な理由なく消費してしまうと、相続放棄や限定承認ができなくなったり、たとえ認められても取り消されてしまう恐れがあります。
故人が亡くなった直後は、どのような財産や負債があるのか、正確には分からない場合が多くあります。そのような段階で故人の預貯金を引き出すことには、このようなリスクがあることにも細心の注意が必要です。
凍結後でも資金を引き出せる「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」
凍結前に故人の預貯金を引き出すことは、問題があることは分かりました。しかし、引き出しができないと困ることがあるのも確かです。
例えば、亡くなるまでの入院費の支払いや葬儀費用の支払い、遺された家族の当面の生活費が必要な場合です。
そのような場合は、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」を利用すれば、金融機関ごとに、以下の示す一定額を口座が凍結された後であっても各相続人が引き出すことができます。
A:相続開始時の預金額×1/3×払戻しを行う相続人の法定相続分
B:1550万円
AとBのどちらか少ない額
以上の式が示すとおり、同一の金融機関(複数の支店に預金がある場合は、全て支店)で払戻しができる上限は1550万円です。もし、複数の金融機関に口座がある場合は、各金融機関でそれぞれ1550万円が上限となります。
例で見てみましょう。
亡くなった父が、M銀行の普通預金に600万円、S銀行の普通預金に1200万円を遺したとします。制度を使い、相続人である長女(法定相続分2分の1)が単独で引き出すことができるのは、次のとおり、合計で100万円+200万円=300万円になります。
A:600万円×1/3×1/2(法定相続分)=100万円
B:1550万円
B(1550万円)よりもA(100万円)のほうが少ないため、M銀行で払戻しができる金額は100万円となります。
A:1200万円×1/3×1/2(法定相続分)=200万円
B:1550万円
こちらもA(200万円)のほうがB(1550万円)より少ないため、S銀行で払戻しができる金額の上限は200万円です。
なお、制度を使って払戻しを受ける際は、故人の戸籍謄本や金融機関所定の届出書などの提出が必要ですので、事前に金融機関へ尋ねておくとよいでしょう。
遺産分割前の相続預金の払戻しには細心の注意が必要
ここまで、亡くなった方の口座からお金を引き出すことの懸念点と、凍結された後でも一定額までは払戻しを受けることができる「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」についてご紹介しました。
最後に、もう一点注意点を付け加えます。それは、制度を使って払戻しを受けたからといって、前述の「他の相続人の相続分を侵害」する問題が解決しているわけではない、という点です。
もし、ご自身の生活費等で払戻しを受ける場合は、場合によっては他の相続人にその旨伝えたり、他の相続人の相続分が減らないよう遺産分割前に相続財産に戻したり、遺産分割時に精算する、などの調整が必要です。
特に、相続財産の分割について他の相続人と問題がありそうな場合は、払戻し制度を利用する前に、弁護士など専門家へ事前に相談しておくことをお勧めします。
出典
一般社団法人全国銀行協会 ご存知ですか? 遺産分割前の相続預金の払戻し制度
執筆者 : 酒井 乙
CFP認定者、米国公認会計士、MBA、米国Institute of Divorce FinancialAnalyst会員。
