最終更新日:2019.01.11 公開日:2018.07.09
スペシャルインタビュー

人生100年時代のビジョンマップ:心もお財布も幸せに生きよう!!

障害年金のスペシャリスト 社労士松山様に聞く(4/4) 第4回 元気な方が奇跡なんです

Interview Guest : 松山純子

Interview Guest

松山純子

松山純子((まつやま・じゅんこ))

YORISOU社会保険労務士法人 代表社員 松山純子
 
卒業後14年間、身体障害者・知的障害者・精神障害者の方々すべてを受け入れる日本で初めての福祉施設に勤務。
 
そこで、3つの施設プラス法人本部の給与計算・採用・就業規則の作成をかけもちで行い、同時にケースワーカーも行う。
 
平成18年6月に「松山純子社会保険労務士事務所」を開業して、今度は障害年金手続きで皆様のお役に立てるよう毎日奔走中!
http://shogai.net/

人生100年時代と言われるようになりましたが、果たして私たちはビジョンを持って「人生100年」を受け止めているでしょうか?
 
この対談企画では、様々な分野の方にお話しをお聞きし人生100年のビジョンを読者のみなさんと作り上げていきたいと考えています。
 
今回は、YORISOU社会保険労務士法人代表の松山純子様に人生100年時代の苦難をともに乗り越える「障害年金」についてお話を伺いました。
 
最終回は、みんなが幸せになれる世の中を作るために私たちに何ができるのか、お話を伺いました。
 
山中伸枝

執筆者:

interviewer:山中伸枝(やまなか のぶえ)

ファイナンシャルプランナー(CFP)

株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 
1993年米国オハイオ州立大学ビジネス学部卒業。メーカーに勤務し、人事、経理、海外業務を担当。留学経験や海外業務・人事業務などを通じ、これからはひとりひとりが、自らの知識と信念で自分の人生を切り開いていく時代と痛感し、お金のアドバイザーであるファイナンシャルプランナーとして、講演・相談・執筆を中心に活動。

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新美勝

執筆者:

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Photo:新美勝(にいみ まさる)

フリーランス・フォトグラファー

 

 

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山中伸枝

執筆者:

interviewer:山中伸枝(やまなか のぶえ)

ファイナンシャルプランナー(CFP)

株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 
1993年米国オハイオ州立大学ビジネス学部卒業。メーカーに勤務し、人事、経理、海外業務を担当。留学経験や海外業務・人事業務などを通じ、これからはひとりひとりが、自らの知識と信念で自分の人生を切り開いていく時代と痛感し、お金のアドバイザーであるファイナンシャルプランナーとして、講演・相談・執筆を中心に活動。

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新美勝

執筆者:

Photo:新美勝(にいみ まさる)

フリーランス・フォトグラファー

 

 

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松山先生を動かす原体験

松山 わたしは福祉施設で10年以上働いてました。700人のうち半数の350人が障害がある方。身体・知的・精神の混合施設。みなさま楽しそうに働いていたんです。
 
例えば、小児脳性麻痺の重度の方で、手でパソコンのキーボードを打つのはできず足で打つ。また、手や足が難しいときは、鼻を使って打つ。ホームページ作成をしたり、システム開発していたり。
 
みんな楽しそうに働いていました。そういう環境で働いていたので、障害とともに働くことは可能と学びました。その人に合った環境とその人に合った仕事さえマッチングすれば雇用の可能性はあります。
 
その中で、わたしが障害年金をやっている軸となっているのは、当時施設に通っていた筋ジストロフィーの方。その方は当時、わたしが入社したときには手動の車椅子でした。
 
山中 進行する病気ですよね。
 
松山 その後進行し車椅子が電動に変わりました。手動と電動では上肢の可動域が違いますよね。一般企業だと、進行し電動になった場合、働けるかなとか安全配慮義務どうかなとか、きっと思うと思うんですけど。
 
福祉業界のいいところは、できることを探していく。それが福祉の世界かなぁと思います。電動で来られるねというような考え方ですね。電動も難しくなり、お母さまが車で来ておぶって施設の椅子に座らせる。
 
そして、8時間システム開発をします。その後、人工呼吸を入れることになりました。そうしますと、施設に通うことができません。
 
そのため、退職をしていただく手続きをするときに彼が、「籍だけは置いといてほしい」と言ったのです。籍だけは置いといてほしい。
 
もう自分は動けることはないけれども、ここで籍までなくなったら社会との繋がりがなくなって、自分が存在しているってことが分からなくなってしまうから生きていくことができないと。
 
山中 すごく胸が痛くなりますね。
 
松山 20代のときのわたしには、まだ感覚の中になかったです。社会との繋がりがなくなったときの怖さや、社会との繋がりが生きる喜びになり、力になること。そういうことなんだなぁと思って。
 
これが、わたしは障害年金をやろうと思ったきっかけの一つ目です。
 
もう一つが、頸椎損傷の人が当時同時期に複数いらして。頸椎損傷の場合、神経の具合いにより、首から下が麻痺することがあります。
 
そうしますと、寝たきりの人の床ずれと同じようなものがお尻などにできてしまうことがあります。褥瘡といいますが、褥瘡ができたときは休んで圧がかからないようにするといいと言われています。
 
たとえば、入院するとベッドで24時間体位を変えてくれるのがありまして、そういう治療方法で圧を逃がしてあげる。
 
このときにAさんは褥瘡ができて早くお休みをしました。Bさんは褥瘡ができても休まなかったのです。Aさんは早めに休んだので、早めに復帰をしました。
 
Bさんはギリギリまで働いたので、治りが悪くなり結果施設に戻ってくることができませんでした。なんで同じ褥瘡で同じ頸髄損傷で、違うことが起きてしまうんだろうと思ったら、障害年金なんです。
 
Aさんは障害年金を受給していたため、2か月に1回自分の口座に年金が振り込まれます。国民年金の2級で現在の金額では月約6万5千円です。振り込まれる安心感から早めに休める。
 
Bさんは障害年金を受給していなかったのです。年金を払っていなかったため障害年金に該当しなかったのです。ギリギリまで無理をして働いてしまう。そうすると、社会との繋がりの長さに影響していることがわかりました。
 
先ほどの筋ジスの人は、『社会との繋がりが自分の存在価値』とおっしゃった。社会との繋がりに障害年金が影響していると思いまして、平成18年に開業したときから障害年金をやりました。
 
山中 お金ってやっぱりものすごく大事ですね。社会との繋がりの一つもそうだし、軸みたいな・・・
 
松山 お金の心配から病院に通えない方もいまして。通院を中断してしまったり、薬を飲むのを辞めてしまう方もいらっしゃいます。薬をきちんと飲むことで症状が安定していくのですが、薬代を考えてしまう・・・。
 
お金のことで家族とも揉めないかもしれない。あと、がんなど高額な医療費がかかってしまう方など、障害年金を受給することで、安心して治療が受けられることもできます。
 
山中 やっぱりお金が選択肢を作ることになるから。
 
松山 ほんと選択肢を作ることですよね。
 
山中 お金がなかったらそんな選択肢さえもないから、諦めるしかない。だからほんとにお金の役割って大事だし、社会の役割って大事だし、わたしたちがその担ってる一人だってことも知らなきゃいけませんよね。
 
松山 ほんとですね。
 
山中 病気は、いつ誰がなるか分からない。何か原因が決まっているわけでもないし。。間違いなくわたしたちは年を取るわけでしょ。そうすると徐々に体の機能が衰えていきますね。
 
松山 障害年金の仕事を通じて、元気な方が奇跡だなってほんとに思うんです。
 
山中 今回「人生100年時代」をテーマにしてるんですけれども、100年ずっと元気でいられるわけがない。でもやっぱり寿命があれば全うしなきゃいけないから、困難を乗り越えていかなければいけないですね。
 
そのときに知恵があったり情報があったり、助けてくれる人がいれば、たぶんこの100年も素晴らしいものになると思うんです。

 
松山 そうですね。
 
山中 そんな中の100年はすごく辛い。せっかく頂いた100年だったら、たとえば病気があれば病気とともに笑顔で生きたいですよね、それはすごく感じていて、障害年金はほんとにお伝えしたいなと思って。
 
仮に、病気の方が先生の所にお願いしたいと思ったとき、費用とか準備するものとか、どなたでも先生の所に来れるのか。ちょっとその辺を教えてもらってもいいですか。

 

まずは相談して欲しい

松山 相談は1回無料になっています。細かい話をすると、不支給になった方で診断書も全て見せていただく場合は、初回1万円頂いています。障害年金の依頼頂いたときには、着手金で3万円プラス消費税。
 
障害年金が出たら「年金の2か月分」「12万円」「初回振込額の10パーセント」のいずれか高い金額プラス消費税。初回振込額の10パーセントとは遡及が認められたときですね。これは年金が出てからになります。
 
山中 ということは、まずは相談してみるといいですね。例えば地方の方は、メールなどのご相談はできるんですか。
 
松山 はい、障害年金は、それ自体はお住まい地に関わらず東京で提出することもできます。ですからメールとか電話とかで。障害の種類上メールと電話ができないケースでは、こちらから伺うこともありますね。
 
山中 社労士の先生で障害年金を専門にやっていらっしゃる方は多いですか。
 
松山 少ないですね。まずは来てくださいとお伝えしたいですね。初診日が見つからなくて諦めている方や納付要件が満たないなどで諦めた方など20歳よりも前に初診日がある可能性もあります。
 
または、社会的治癒が認められるときもありますので、年金事務所や社労士事務所にご相談されてみてください。不支給になっても、不支給の内容によってはもう1度やり直すのか不服をするのかなど、いくつか選択肢があるかもしれません。
 
山中 不安のままでいるより、ご相談してみて可能性があるならばチャレンジする方がいいですよね。
 
松山 障害年金をやってる社労士が全国にいるので、その地域の社労士と実際に会って話すことをお勧めします。
 

働くことは社会とつながること

山中 職場にしても社会全体ももう少しほかの方に関心を持って、見て差し上げないといけないってことですよね。一緒に何かやれるかを。最近、「ともに」という社団法人を作られましたよね。これはどういう活動をされるんですか。
 
松山 開業当初、障害年金の証書を届けるのがわたしの役目だと思っていました。でも、やっていく中で、それだけではないなぁと思ったんです。就労や日常生活の安定が重要なのでは・・・と。
 
でも就労しても周囲の理解がなく、辞める方も多く。または、就労により具合いが悪くなってしまいお休みしてしまうこともあります。
 
例えば傷病手当金はどこのタイミングで取得したらいいんだろうかとか。または短時間で働くときは、労働時間の短縮がいいのか、労働日を減らす方がいいのかなど、悩みますよね。
 
山中 最初は有休を使った方がいいのか欠勤にして傷病手当金を使った方がいいのかとか。
 
松山 失業保険や障害年金との関係なども考えて選択していくといいですが、複雑ですよね。
 
また、日常生活の安定はとても大切なので、総合支援法による福祉サービスでホームヘルパーさんをお願いしたり、訪問看護を入れたりなどの整備が大切だと思うのです。「ともに」はこの辺のアドバイスなどを行っていきたいと思っています。
 
社会保障制度を伝えていきたいと思いまして、多くの支援者と繋がろうと思ったんです。支援者に伝えることで、具合の悪い方に制度を届けてあげる仕組みといいますか。それを「ともに」でやろうと思っています。
 
山中 じゃあますます活躍していただかないと(笑)。最後に、松山さんの人生100年の取り組みを教えてもらえますか?
 
松山 全然ないんですけど(笑)。もし、わたしの役目があるとしたら・・・病気によって生活や就労などにお困りがある方々が再び就労できたり、社会保障を通じて安心や希望をお伝えしていきたいなぁと。
 
山中 なるほどね。今回生まれてきた意味はそこだ、と。
 
松山 単純なのかもしれない(笑)。お金はあった方がいいですが、豪華な家に住みたいから稼ぎますなどには興味が湧かない。そこを目的にすると体があんまり動かない。
 
私たちは社会とのつながりの中で、自分の存在を確認しているのかもしれません。働くこと、仕事をすることは、その「社会とのつながり」を最も感じられるものなのでしょうね。
 
収入のために働くことは重要ですが、それだけではないように思うのです。
 
山中 湧き起こってくるものが違うんですよね。でもそう考えていくと『ともに』って仰ったキーワード、助け合えることがいっぱいある。ただ分からないだけ・・・手の差し伸べ方が分からない。
 
松山 以前、精神科医の先生が「障害年金は、最後の砦のようなイメージがあるかもしれませんが、それは違います。障害年金は希望を取り戻すためのものにあるのです」という言葉があり、すごく心に響き、今も思い出します。
 
山中 確かに。ぜひ今回の企画でひとりでも多くの方にお伝えできればと思います。本当に今日は、ありがとうございました。
 


 
interviewer:山中伸枝(やまなか のぶえ)
ファイナンシャルプランナー(CFP)
株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 
 
Photo:新美 勝(にいみ まさる)
フリーランス・フォトグラファー

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