退職所得税制は節税のメリットが大きい制度–令和3年度の税制改正での見直しの対象となった
配信日: 2021.02.16
今回は、この改正について解説してみたいと思います。
執筆者:浦上登(うらかみ のぼる)
サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー
東京の築地生まれ。魚市場や築地本願寺のある下町で育つ。
現在、サマーアロー・コンサルティングの代表。
ファイナンシャル・プランナーの上位資格であるCFP(日本FP協会認定)を最速で取得。証券外務員第一種(日本証券業協会認定)。
FPとしてのアドバイスの範囲は、住宅購入、子供の教育費などのライフプラン全般、定年後の働き方や年金・資産運用・相続などの老後対策等、幅広い分野をカバーし、これから人生の礎を築いていく若い人とともに、同年代の高齢者層から絶大な信頼を集めている。
2023年7月PHP研究所より「70歳の現役FPが教える60歳からの「働き方」と「お金」の正解」を出版し、好評販売中。
現在、出版を記念して、サマーアロー・コンサルティングHPで無料FP相談を受け付け中。
早稲田大学卒業後、大手重工業メーカーに勤務、海外向けプラント輸出ビジネスに携わる。今までに訪れた国は35か国を超え、海外の話題にも明るい。
サマーアロー・コンサルティングHPアドレス:https://briansummer.wixsite.com/summerarrow
令和3年度(2021年度)税制改正 退職所得課税の適正化とは?
退職所得課税の適正化の内容
これは勤続年数5年以下の従業員に対して、退職税制の節税メリットの根幹である1/2課税の適用を制限したものです。改正の内容は次のとおりとなります。
(1)勤続年数5年以下の従業員の退職金については、原則1/2課税の対象外とする。
(2)ただし、退職所得控除額を控除した残額の300万円以下の部分についてはその限りではなく、引き続き1/2課税が適用される。
(3)この改正の実際の適用は令和4年(2022年)以降の所得税からとする。
退職所得課税の適正化の背景
勤続年数5年以下の役員については、すでに1/2課税が適用できなくなっています。今回の改正は、役員に関する考え方を従業員にも適用しようというものです。役員については上記(2)の緩和規定がありません。従業員については、上記(2)の緩和規定を加えることで少し緩くしたということができます。
退職所得税制は、元公務員などが転職を繰り返して、多額の退職金を短期間で受け取るという「天下り」が社会問題となりました。それを受けて、勤続年数5年以下の役員に対する退職所得優遇が平成23年度(2011年度)の税制改正により見直されたことが、今回の改正の背景にあります。
税制的に優遇された退職所得課税
では、退職所得税制がどういった点で恵まれているかについて説明したいと思います。退職所得の計算式は以下のとおりです。
退職所得=(収入-退職所得控除額)×1/2
退職所得控除額
勤続年数(A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円×A |
20年超 | 800万円+70万円×(A-20年) |
※筆者作成
退職所得税制の節税上のメリットは2つあります。
(1)退職金から控除される退職所得控除額が大きい。特に勤続年数が20年超の場合は1年あたり70万円となるので長期勤務者に有利である。
(2)1/2課税
退職金から退職所得控除額が引かれるだけでなく、それがさらに1/2になる。
退職所得控除額と1/2課税の二重のメリットを同時に受けられる税制といえます。
今回の改正でどれだけ増税になるのか
今回の税制改正で、勤続年数5年以下の従業員の退職金がどれだけ減るのかを試算してみたいと思います。
前提:
退職金額 1000万円
勤続年数 5年
●改正前の退職所得と税額:
・退職所得
{1000万円-(40万円×5年)}×1/2=400万円
・税金
所得税 (400万円×20%-42.75万円)×1.021=38.0万円
住民税 400万円×10%=40万円
退職金にかかる税金計 78.0万円(退職金額の7.8%)(100)
●改正後の退職所得と税額:
・退職所得
1000万円-(40万円×5年)=800万円
うち300万円×1/2=150万円
課税所得計 650万円(500万円+150万円)
・税金
所得税 (650万円×20%-42.75万円)×1.021=89.1万円
住民税 650万円×10%=65万円
退職金にかかる税金計 154.1万円(退職金の15.4%)(198)
増額となった税金: 154.1万円-78.0万円=76.1万円
改正前と改正後で比べると、退職金への税金は76.1万円増えて約2倍になっています。
注)税額の計算は「退職所得の受給に関する申告書」を提出していることを前提に計算しています。
退職所得課税の今後の見通し
今回の税制改正には盛り込まれませんでしたが、最近問題となっているのは、退職所得税制が人材の流動化を妨げているという議論です。
「税制的に優遇された退職所得課税」で解説したように、勤続年数が20年を超えると退職所得控除額が増加します。これは従来の終身雇用を前提にして長期勤務者に報いようとする税制の表れですが、一方で新しい仕事や職場にチャレンジしようとする意欲をそいでしまうという議論にもつながっています。
例えば30年間、1つの会社に勤め続けた場合と、途中で転職して15年ずつの勤続年数になった場合では、20年目以降の退職所得控除額である1年当たり70万円が適用される・適用されないという違いがあり、退職金の手取額に差が出てしまいます。この差が人材の流動化を妨げているという指摘です。来年度以降、この議論がどうなるのかにも注目してきたいと思います。
出典・参考
財務省 令和3年度税制改正の大綱の概要
国税庁 No.2737 役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等
国税庁 退職所得の計算方法
執筆者:浦上登
サマーアロー・コンサルティング代表 CFP ファイナンシャルプランナー